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今年のツバメハイツは入居OKです
5月頃から、毎年恒例、ツバメたちが我が家の内部見学にやってくる。それは街なかでも同様で、もうじき地元の店先では、逆さに開いたカサが多数出現することだろう。
カサの上にはツバメの巣がある。ここのツバメ一家が旅立つまで、カサはひたすらフンを受け止め続けるのが仕事だ。その間地元の人たちはあたたかく見守る。
うちの親も小鳥が大好きで、かつてはツバメも毎年のように受け入れ、ヒナが巣立つまで、大切に見守ってきた。その証として我が家の車庫には、「ツバメハイツ」と呼ばれる歴代入居ツバメの巣の跡がある。
「スズメはめんこい顔してるくせに、ツバメの卵落とすんだ!」
憎らしげに言って、母は寄ってくるスズメを毎日毎日「こらー!」と叫んで追い返す。スズメも賢いもので、母が庭へ出るとどこかへ隠れ、一羽も姿を見せなくなった。
そんな手厚いツバメハイツなわけだが、いつからか母が、入居を拒むようになった。その理由を聞くと、猫にヒナを襲われてしまったという、とてもショックで悲しい出来事があったから、とのこと。
*
当時母は、ツバメの巣がある車庫に車を入れないようにしていた。フンが落ちるからというのもあるが、一番の理由は「猫の足場になるから」だ。車を足場にして、巣を襲うのではないか――母はそれだけが気がかりだった。
しかし父は、「そんなわけないだろう」と猫の身体能力を侮り、車を入れてしまった。父と母はこのときかなりの激論をぶつけ合ったようだが、結局父が折れるわけないので、母が怒りの形相で引き下がった。
その翌朝。ツバメの巣から、ヒナが消えた。
あたりには羽毛が散らばり、親鳥が鳴きながら飛びまわっていた。
父が車庫に入れた車には、猫の足跡がついていた。
母は烈火の如く激怒し、父に捨て台詞を吐き、出勤していった。父も相当ショックを受けたらしく、呆然と立ち尽くしていたという。
*
「そういうわけだから、もうツバちゃんを入居させたくないの」
ここ数年、内見しにツバメが来るたび、私たちは両腕を大きく振ったり、タオルを振り回したりして、必死にツバメを追い払っていた。
「うちではなく、あちらをご利用ください!」と、ご近所の鳥好きさんちへのご案内もした。そこではツバメファミリーを何世帯も大々的に受け入れている。
しかし、ツバメたちはどうしても我が家に入居したいらしく、何度も何度もやってくる。その理由は、愛犬オオキイノ(ゴールデンレトリバー)の存在だ。
愛犬オオキイノは昼間、日陰で涼しい車庫に移動させている。車庫と言っても、今は車を入れていない。テーブルや長イスを置いて、農作業の準備室としてや、愛犬たちのブラッシング場として使っている。
オオキイノは昼間ここで、のびのびーっと横たわって寝ているだけなのだが、ツバメたちにとって彼は、どうやらとても安心する存在のようなのだ。
まず頭上を飛び回られることを、彼はまったく気にしない。大抵、寝ているかニコニコしているだけだ。
そしてツバメたちにとって最大の利点は、オオキイノがいると猫が寄ってこない。これに尽きるだろう。
だからツバメたちは、私と母の妨害にめげず、毎日毎日アタックしてくるのだ。
*
ある朝母が、力尽きたように言った。
「もうあきらめました」と。
何事かと思ったら、いつの間にか車庫の天井付近に、ツバメの巣の土台部分ができていた。
「ここまで作られたら、もう追い返せないよ……」
「んだねぇ……」
巣の真下には、ワラが何本か落ちている。きっと1本ずつ持ってきて、「これはサイズが合わないな」とか言って捨てたのだろう。
「そういうわけで! これから我が家では、ツバちゃんとシジュウカラちゃんを全面応援致します!」
「はい! え、シジュウカラ?」
なんだその初登場のお名前は。
「あっちの巣箱に、この前からシジュウカラちゃんが出入りしてたっけ」
母が庭の井戸場を指さす。
東屋のように屋根があって雨をしのげるから、数年前に父が鳥の巣箱を設置していた。
後日私も目撃したが、たしかに白黒のかわいらしい小鳥が、巣箱から顔を出していた。
子供なのかわからないが、こっちが心配するほど、のんびりと長時間顔を出していた。すぐそばで母が井戸水を使っていても、のんびりとそれを眺めている。
時々鳴く声が、高く澄んでいて、かわいらしい。
「わかりました。私もツバちゃんとシジュウカラちゃんが無事に巣立つように、全面的に応援します」
そうと決まれば、愛犬オオキイノは番犬として役立ってもらう。いつもは夕方の散歩後、自分の寝床に戻ってもらうのだが、ツバメが卵を産んであたためる時期に入ったと同時に、オオキイノには夜もそのまま車庫にいてもらうことにした。
いつもと違う場所でストレスになるかな、と心配してこっそり見に行ったが、オオキイノは大変リラックスした様子で熟睡していた。
大らかで助かる。
*
今回ツバメが巣を作った場所には、小さな台が設置してあった。天井との距離は、親鳥が巣のふちに立てるくらいの、絶妙な間隔。
「あれね、お父さんが何年も前に作ったんだよ」
母が巣を見上げてしみじみ語った。
「へえ、そうなんだ。ツバちゃんの巣のために作ったの?」
「そうそう。……何年も来なかったけど、ようやく来たなあ」
「お父さんに見せたかったね」
「んだがらさ。生きてる間は1回も来なかったわ」
「追い返してたしね」
ツバメが卵をあたため始めてから何日経っただろうか。
「そろそろ生まれるかな」
「そろそろだべ。生まれたら、卵のカラ落とすからわかるべよ。あとそのうちに、ビヂグバヂグビヂグバヂグ言い始めっから」
「にぎやかそうだね」
「めんこいんだっけー。ぞっくり顔出して口開けてさー」
「楽しみだね」
「ビヂグバヂグビヂグバヂグうるせーのなー」
「楽しみ……なんだよね?」
何はともあれ、数年ぶりにツバメハイツ入居である。にぎやかでかわいい家族が増えるのは、きっともうすぐだろう。
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