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終、墳神唯一と逢魔が時の約束
『今日は美術の先生が顧問を引き受けてくれました。美術クラブってのを作ってくれて、海士野が名前だけ部員になってくれました。美里って言う私の親友が通う高校で、展示会があるの。秋の展示会にはもう間に合わないから、来年の四月の展示会用に私も描くようにした。テーマは花なんだって。墳神くんなら、花ってどんなイメージですか』
『なんでそんな敬語なの。同い年なんだからもっと砕けて書いてよ。あとやっぱり綺麗な字だね。花っていえばうちの池の周りに咲く桔梗の花かな。朝露に濡れる桔梗が、僕は本当に美しいと思うんだ』
『桔梗の花ね。そういえば桔梗の花柄の浴衣で千秋祭りに行ってたの覚えてるな。五歳までだけど。さっそく桔梗の花を図書館で調べた。いいね。水彩で繊細な色で塗ってみたいな』
『花の絵ができるのは楽しみだね。今日は千秋祭に備えて、色んな出店の許可書を父がチェックしてたよ。金魚すくいは良いくせに、亀救いは駄目じゃないかって話し合ってた。命の重さは全部一緒なのにね。綿菓子と型抜きは一瞬で許可したのに』
『お祭り楽しみだけど、美里も忙しいし私も絵を描くし、海士野は部活でしょ。友達と呼べる子はいないから、今年は大人しく部屋で絵を描いてるよ。そういえばおばあちゃんの部屋の小豆がまた荒らされだしちゃった』
『お祭り時期は、僕は皆の賑やかな姿を眺めてるよ。僕も毎年参加できないから、そこまで似てるね。うちの町にいる物の怪は全部大人しいし友好的なんだ。洗ったら戻すと思う。あと小豆洗いを見たら恋人ができるって伝承もあるよ』
『海士野がおばあちゃんの部屋で小豆洗い見たって言ってたけど、海士野ってば彼女できるってことか。海士野は馬鹿だけど優しいから、モテそうだけどね。墳神くんは隣町とか行けるの?行けるなら私が住んでいた町の花火大会なら一緒に行こうよ。海士野とか美里誘って。あと、墳神くんって物の怪も見えるの?』
『花火大会いいね。力が弱る時期は大人しくしてるけど、神無月さえ過ぎれば隣町も行けるよ。あと物の怪の方がこの町には長く住んでいるし長生きしてるからね。一人ぼっちの僕に悪戯したり構ってくれるよ。見えない君たちにとっては恐怖だろうから、大人しくしてとお願いはしてる。とくに君は僕に似てたから、近寄ってきてたみたいだよ』
毎日ノートに書いて、墳神神社に届けていた。
縁側に置いておくと、次の日の朝、一枚の花弁を付箋代わりに私の家にノートが届く。
会いに来ないでと言うくせに絶対に彼は寂しいんだ。彼の寂しさは私も分かる。
美里と仲直りしたって、色んな人と話せるようになったって、ばあちゃんが車椅子で庭を歩くようになったって、寂しかった時間を思い出すと胸が締め付けられるから。
***
「ん? 今日は同好会あんの? 教室で何してたんだよ」
「……日誌。同好会は先生が出張だから休み。書き終わった後、クラスの人の日誌をパラパラ見てたの」
「ふうん。そういえばうちのクラスの女子が、テニス部のマネージャー手伝ってくれるなら同好会に名前載せても良いって言ってたぞ」
名前を載せるってことは幽霊部員になってくれるってこと。でも私は、本当に美術部に入りたいって思ってくれている人に会いたい。
この学校は部活が半強制だから四月の時点でほとんど部活に入ってしまっている。勧誘は諦めていた。
「それ、日誌か?」
「えっ」
本当は墳神くんとの交換ノートだったのだけれど、海士野たちにはノートさえ見えなくなってるから適当に返事してたのに。
「このノートが見えるの?」
「ノート? 日誌じゃねえの」
期待した私が馬鹿だった。海士野はそのまま部活へ向かってしまった。
今日は何を書こうか悩む。
はやくノートではなく、本人を前に会話したいなって思ったけど、それを伝えたら本人を傷つけるんじゃないかなって。本人は消えたくて消えたわけではないのだから。
楽しかったこと、心配してくれていたから日常の変化、水彩画の進歩とか色々と書くことはあるのに、なんだか上手く言葉にできない。
そうしたら急に眠くなって、うとうととノートをただただ眺めるだけ。
夢を見た。
祖母の部屋で赤い小鬼が小豆を盗んでいく。追いかけたら、野襖に道を阻まれて、美里がこっちだよって手招きするの。私は、美里に「大嫌い」って叫ぶと、海士野と墳神くんが私の肩を叩く。「お前の肩に天邪鬼がいるってよ」と海士野が言うと、墳神くんが言霊で払ってくれた。
その言葉は一体、なんだったの。
放課後の教室は、窓枠に切り取られた影が長く伸び、私を覆い隠そうとしていた。
「綺麗な字、だね」
少し低くておっとりとした柔らかい声。
なぜだろう。道を染める色鮮やかな紅葉の葉のような、一度にいろんな刺激が感じられる。酷く惹きつけられて一歩間違えれば、頭が痛くて叫びそうな不思議な心地だった。
「そろそろ起きないと、逢魔が時だよ」
掠れて、耳元に囁くような声。
私の頬を、手の甲でなぞっていく。
――ん?
それを確認する前にその人は私の髪を撫でた。
「綺麗な髪だね。でも、こんなところで寝てたら駄目だよ」
「……え」
黒いマスクをした墳神くんが私を覗き込んでいた。私の座っている席の前に座って顔を覗き込んでいた。
「墳神くん」
彼は寂しそうに微笑んだあと、私の頭を何度も撫でた。
「ずっと僕を忘れなかったのは、なぜ?」
「……なんでだろう。私も寂しかったし、消えたいって思ってたからなのかな」
自分でも分からなくて首を傾げた。
「運命ってやつなのかもね」
目の前に墳神くんがいる。消えてしまった彼はまた目の前に現れた。
ノートに書いていたことを沢山、お喋りしようと思った。
「それはよくわからないけど、でもまずは」
海士野と私と美里と墳神くん。
この四人でお祭りに行く計画を立てようと思った。 終
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