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心というものが煌めく珠なれば 〜心珠精神科医・藤堂縫のカルテ〜
初診の患者は震える手を開き、“心珠”を出現させた。
日焼け防止のアームカバーですっぽりおおわれた右の手のひらから、10cmほど浮いた空気中に、直径3cmほどの珠が現れる。それは全体的に黒く澱み、本来の“心珠”の煌めきが失われている。
「心珠の中身を変えたいんです! 今この場で、心珠の中身を変えてすぐに帰らないといけないんです!」
患者の若い女性は、大きな瞳に涙を溜め、手を握りこぶしにしてしまった。刹那、“心珠”は消えてしまう。
診察をしていた精神科医、藤堂縫は、女性の手を包むように、自分の手を重ねた。
「蓮見氷愛華さん」
ゆっくり、落ち着いたトーンを心がけ、患者の女性、蓮見氷愛華に話しかける。
氷愛華の両の眼から、大粒の涙がこぼれた。瞳は困惑の色を隠せない。縫は氷愛華の手を包んだまま、自分の出方を考えた。
保険証と予約の情報によると、氷愛華は昨日3月28日に20歳になったばかりの大学生。4月からは3年生になる。28歳の縫には、氷愛華の若さが羨ましい。
氷愛華の、黒目がちな大きな瞳と、ぽてっと厚く血色の良い唇、少し癖のあるロングの黒髪は、同性の縫にも艶っぽく感じてしまう。その分、この若さで精神科を受診するほど追い詰められている彼女が気の毒になってしまう。
氷愛華が落ち着いたところで、縫は彼女の手を離した。
氷愛華は再び手を開き、“心珠”を出現させる。“心珠”全体を侵食していた澱みは、心珠”の下半分だけになり、縦に細長い花の蕾のような模様があらわになった。
人はそれぞれの“心珠”をもって生まれる。
本人が念じれば手の中で出現させられる“心珠”は、急速に文明が発達し続けている今日でも謎に包まれたままだ。
存在しても触れることができない“心珠”には、ひとつとして同じものがない。それぞれがそれぞれの色と煌めきを宿している。
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