心というものが煌めく珠なれば 〜心珠精神科医・藤堂縫のカルテ〜

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 本日の外来診療が終わると、外はすっかり暗くなっていた。診察室の窓から、この大学病院敷地内の小さな庭園が見える。外灯に照らされた桜の前を、皆、足早に通り過ぎてゆく。この通行人の中に“心珠”を見つめる人はいないだろうか。  人間観察に夢中になっていると、通行人の中に見知った人を見つけた。  縫の見間違いでなければ、その人は、(いぬい)安利(あんり)。縫の彼氏だ。縫よりふたつ年上の、30歳。長身でメンズモデルのように容姿が良くスーツが似合う彼は、その爽やかな容貌に似合わない、警察官という職業に就いている。  なぜ彼がここにいるのだろう。彼は所轄の刑事課の所属だが、この大学病院は管轄外のはずだ。まさか、縫に会いに来てくれたのか。いやいや、そんなはずは。  診察室の引き戸が控えめにノックされ、どうぞ、と相手を促した。失礼します、と返事をする声は、彼のものだ。 「縫、仕事中ごめんね」 「安利!」  安利の隣に、先輩の女性刑事もいる。 「安利は、お仕事中……だよね?」 「うん、まあ……では、改めまして」  安利は気まずそうに咳払いをし、女性刑事は同情の視線を向けた。 「葛西署の乾といいます。少々お話よろしいでしょうか」
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