心というものが煌めく珠なれば 〜心珠精神科医・藤堂縫のカルテ〜

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 翌朝。徹夜で鈍る頭をごまかし、縫は葛西警察署を訪ねた。  些細なことでも良いからと縫も意見を求められた。躊躇う縫に、安利が背中を押してくれる。 「氷愛華さんは、虐待を受けていた可能性があります」  氷愛華はアームカバーを外そうとせず、痣の有無は確認できていないが、縫は虐待だと判断した。 「日常的に体を傷つけられることだけが虐待ではありません。氷愛華さんの場合は、経済的虐待や心理的虐待の可能性があると判断しました。氷愛華さんは、携帯電話やスマートフォンを持っていません。高校生のときに解約され、今は、母親の彩子さんと共用のタブレットを使っています。メールやSNSのやり取りは、一切ありませんでした。スケジュールアプリには、大学以外は家事や彩子さんの仕事の手伝いの予定が細かく組まれており、氷愛華さんの自由時間はほとんどありません。氷愛華さんは現金をほとんど持たず、彩子さんのクレジットカードを使っています。彩子さんのスマートフォンのアプリで使用状況が確認できる状態でした」  安利も先輩の女性刑事も、氷愛華の生活を想像したようで、眉をしかめた。 「氷愛華さんの精神科受診を予約したのは、彩子さんだったそうです。本人が予約しなければならないルールですが、本人は話ができる状態ではないと強く主張され、受診予約が取れたようです。氷愛華さんは彩子さんに従う暗黙のルールが成立し、抗えなかったのだと思います」  自分だけが喋っている。声が萎んでしまいそう。 「でも、わからないこともあります。なぜ、彩子さんは手のひらを傷つけられなければならなかったのか。心珠を壊される、とは、どういうことか。心珠のことが書かれた文献や過去の論文を調べましたが、心珠が壊れるという事例はありませんでした」  ベテラン刑事が鼻を鳴らした。足で稼がないお嬢様のくせに、と言って。  報告が終わると、ベテラン刑事は「ゴルフに行きてえな」とゴルフクラブを振る真似をした。その後、自分の“心珠”を出現させる。どちらも右手だった。
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