「手島」

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 「アンタ等、その島はいけんよ」 海で泳ぐ“N”と友人が岩場で休憩していると、近くの釣り船から、声をかけられた。 「島?ここ、岩場じゃないの?」 「そーいや、確かに広いけど…」 日本の島の定義は、海岸の延長距離が100メートル以上の陸地とされる。だが、N達がいる場所は島と言うより、岩場に近い。草、木は生えておらず、あるのは苔と時折、波に打ち上げられた貝や水虫の類… 「?」 自身の視線が妙なモノを捉えた。岩場の縁に見え隠れする薄ピンクの物体… 何処かで見た覚えがある。 確か、帰省した実家で生まれたばかりの… 「赤ん坊!?」 声に出した自分に答えるように、海面から完全に手が覗く。それは高い波に 攫われそうになりながら、短く小さい5本の指もどきを動かし、岩場に取り付こうとしていた。 「止せ!」 Nの動きに、船と横の友人から、制止がかかる。彼もわかっていた。いくら穏やかな海とは言え、赤ん坊が浮かんでいる事など不可能な事を… だが、何かに憑かれたように動く体は、その手を掴み、水から掬い上げ、 直後に何十人もの人間に引っ張られる感覚と、海面に落下したのを最後に意識が途切れた…  「あの島、ただの岩場にしか見えんがの。あそこは、昔から、良くない場所と言われておる。だが、立ち入り禁止の札がある訳でもなし、海の中にポツンとある丁度良い休憩場所として、浮き台代わりに若者や観光客が上陸してな。アンタ等みたいに」 意識が戻るキッカケは、友人と船主の会話だ。自身の頭は、固い船底に寝かされていた。 「そうすると、必ずと言っていいほど、海に飛び込んだまま、上がってこなくなる。助かる者もいたが、中には…友達は運がいい。ワシ等が近くにおったからな。 アンタは見たか?それとも、仲間の鬼気迫る顔に不安を感じて、声をかけたか? まぁ、どっちでもいい。話は聞いてる。手だよ。手が水の中に引き込むんだ」 「あれは何なんです?」 会話に割り込み、体を起こすNに、友人が安堵の表情を浮かべた。その横で静かに頷いた船主が口を開く。 「ここは水葬を行う場所だった。わかるかい?口減らしだよ。夫に船で運ばれた女房が自分の子を海に還すのさ。しばらくは浮いていて、縁に掴まろうともする。だが、すぐ、波に吞まれ、手が見えたり、消えたりして、最後は…アンタが見たのも、それだろ?」 「アレは、俺を殺そうと?」 頷き、重ねた質問に、船主は首を横に振る。 「助けてほしいんだよ…みんな」…(終)
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