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愛しい息子の陸が、顔いっぱいに笑みを浮かべている。
「ちゅーちゅーちゃ、バイバイ、た」
「うん、収集車の人と、バイバイしたね」
つい先ほど、優しい清掃員さんは仕事へ戻っていった。
真島佳奈は、夫を亡くしてから、ずっと何かに急き立てられるように、捨てなければと思い続けていた。
でも、今日からは変われる気がする。
「もし、陸に新しいパパができるとしたら、あんな人がいいね」
佳奈は、息子に微笑む。
すると息子は、すくっと立ち上がり、冷蔵庫の前まで歩いていく。
「パパ! パパ、ここね」
賢い息子が指差すのは、冷凍庫だ。
勝手に開けられないように、今はチャイルドロックを付けている。
佳奈は、ふらふらした足取りで息子の隣に立つ。
そして、冷凍庫に向かって話しかけた。
「あのね、あなた、聞いてる? あなたが死んで、あなたと離れがたくて、こんなところに閉じ込めてしまったこと。ごめんなさい。これほどあなたを愛せるのは、わたししかいない……。わたしにしかできない。そう思っていたわ」
冷凍庫をそっと撫でる。
「辛くて、あなたの思い出を捨てようとした。でもね、今日、優しい人が言ってくれたの。心を整理する方法は、捨てるだけじゃないんですって。あの人といたら、わたし、これから少しずつでも、前を向いて生きていけそうな気がするわ」
心の整理がつく頃、あなたとは、きちんとお別れしようと思う。
それまで、もう少し、そこで待っていてね。
祈り終えた佳奈は、息子の手を引き、柔らかな陽の差すほうへ歩き出した。
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