捨てるをめぐる私たち

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 火曜と金曜の、可燃ゴミの日の朝。  私たちは、古ぼけたアパート前の集積所に到着する。  そこに、決まって(たたず)んでいる母子がいるのだ。  母親は色白で、ほっそりしており、背が高い。美人の部類だが、やや表情が虚ろなのが気になる。藍色のロングスカートを身につけていることが多い。  子供のほうは、ぽっこりお腹の可愛い男の子。まつ毛が長いのは母親ゆずりか。大人気キャラクター、あんまんマンのTシャツを着ている。  2人は手をつなぎ、収集車がゴミを取り込む様子をただ眺めている。  かつての私と同じだ。  私の場合は、はしゃぎ過ぎて、一度母親の手から離れ、収集車に近付き過ぎてしまい、えらく怒られた過去がある。  あの奥さんの子供は大人しく、じいっと観察するタイプのようだ。 「あ。やっぱりいましたね」  岡野の言葉に顔をあげると、白いアパートの前に、例の母子が立っていた。  私は車から降りると、収集車を停めやすい位置に誘導する。  そして、奥さんに向かってペコリと頭を下げた。 「おはようございます」 「おはようございます……」  おお、返事があった。  けっこう可愛い声だな。 「まぁすっ」  こっちは男の子。 「はい、おはよう。可愛いですね、いくつですか」  社交辞令に、声をかけてみる。 「今、2歳。6月で3歳になります」 「そうなんですね、じゃあ、もうちょっとでハッピーバースデーだ」  私が男の子に話しかけると、大きな目がまん丸くなり、その小さな身体が叫んだ。 「りっくん!」 「え?」 「あ、この子の名前です。(リク)」 「ああ、リク、リクくんね。そうなんですね。カッコイイ名前だねぇ」  子供の名前はリクというのか。  リクくんへ愛想笑いしてみるものの、ささっと母親の後ろへ隠れてしまった。  若干、上滑りする会話を切り上げ、私はゴミ袋を拾い上げる。  奥さんとリクくんの視線を感じながらも、黙々とゴミを収集車の投入口に放り投げていく。  すぐに作業は完了した。 「じゃ、失礼します」  ずっと見守られていたようだ。  一応、再度2人に向けて頭を下げておく。 「あのぅ」  奥さんが、聞き逃しそうなほど弱々しい声を発した。   「はい?」 「捨てたいのに、捨てられない時はどうしたらいいんでしょうか」 「えっ、捨てたい? 何を捨てたいんですか」 「捨てたいんです……」 「いや、だから何を」  そのあとも彼女はただ、捨てたい、としか言わなかった。  話が噛み合わない。  次の集積所を巡らなければならないから、あまりここで時間を潰すわけにもいかない。  私は「また今度」と笑って誤魔化し、助手席へ戻った。
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