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「何話してたんすか、さっきの女性と」
車を発進させるや否や、岡野が食い気味に訊いてきた。
「や、たわいない話だよ。子供がいくつだとか。名前とか」
「ふーん、何て名前なんです」
「リクだって」
「へー、女で、リク? 珍しっすね」
「そっちじゃない。子供の名前がリクなんだって。母親の名前は知らん」
「なぁんだ。つまんねぇの」
何がつまらないのだか、さっぱりわからん。
「奥さんな、何か、捨てたいものがあるらしい。けど、捨てられないんだと」
「うーん。何なんでしょーね」
「さあ、ただ捨てたいとしか聞いてない」
次の集積所に着いて、また同じ作業を繰り返す。そして、再び助手席に戻った時には、岡野がキラキラした眼差しを向けてきた。
「俺が思うにですね! あの奥さん、きっと旦那の不倫に気付いたんすよ。ホラ、幸薄そーなカオしてたでしょ」
まだ、奥さんの話が続いてたのか。
「そんでそんで、きっと口論になって、包丁でグサっとヤッちゃったんじゃないすかね、旦那を。先週、ゴミ袋から包丁、出てきてたでしょ。あれですよきっと!」
「お前、サスペンスドラマの観すぎじゃないか?」
「俺、ドラマには興味ないす! アニメは好きだけど」
「どっちでもいいわ。じゃあ、岡野が考える、あの女性の捨てたいものって?」
「旦那の、腐乱死体で決まりです」
「ホラーだな……」
妄想力が豊かで羨ましい。妄想コンテストなんてものがあれば、岡野はいいところまでいけるんじゃないだろうか。
正直、あの奥さんの部屋から死体が出てくるところなんて、微塵も想像できない。だからこそ、もし殺人事件現場だったら、ドラマチックだろうなぁと、不謹慎なことを考えた。
「それかーー」
まだ何かあるのか。
「あの奥さん、幽霊なんすよ! ちょっと幽霊っぽかったすよね?」
岡野、お前さっきからだいぶ失礼だぞ。
「色白で、線がほっそくて、消えそうなところとか。いやー、美人薄命ってのはマジだったんだ。捨てたいってのは、この世の未練とかじゃないすかねえ」
「お前、もはや真面目に考えてないだろ」
「考えてないす!」
悪気はないのだ。
この後輩に、決して悪気はない。だからこそタチが悪いとも言える。
私は、あの奥さんと子供を思い浮かべてみた。
捨てたいけど捨てられない。
何のことだろうか。
次の可燃ゴミの日に会ったら、もう一度尋ねてみようか……。
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