捨てるをめぐる私たち

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 金曜日は、驚くべき早さでやってきた。  同じ時刻、同じ場所。  まるで定められた儀式のように、病的なほど白い奥さんと、可愛らしいリクくんが並んで立っていた。  収集車を見上げ、定位置に停まるのを待つ2人の顔は、やはり親子というべきか、どことなく似た雰囲気があった。 「ちゅーちゅーちゃ、たぁ!」  リクくんがこう叫ぶのを、最初は理解できなかった。しかし、何度か聞くうちに「収集車、来た」の意味だと気付いた。  舌足らずな幼児には、ゴミ収集車の青いボディは、ヒーローみたいに見えるのかもしれない。そう思うと、少しだけ誇らしい。 「おはようございます。今朝は少し、蒸し暑いですね」  4月も半ば、気候は春を通り越し、夏も同然だった。雨上がりのアスファルトから立ちのぼる、湿っぽい、独特の匂い。  そんな中で力仕事をしていれば、自然と汗がにじむ。 「いつもご苦労様です……」 「ちゅーちゅーちゃっ、た!」 「そうねえ、収集車、来たね」 「おはよう、リクくん。朝から元気だね」  リクくんが、初めてにっこり笑いかけてくれた。私は、こそばゆい気持ちになる。  この仕事をしていると、自分が取るに足らない存在に思えることがある。けれど今は、目の前の小さな男の子に、私が私であることを認められた気がした。  視線を落とし、いつもの調子で淡々とゴミ袋を拾い上げていく。  そのうちのひとつ。  縛り方が甘かったのだろう。結び目が(ほど)け、中のゴミがバラバラとこぼれ落ちてしまった。 「くそ、やっちまった」  私は、母子がそばにいるのも忘れて、舌打ちをした。たまに、ビニール袋が薄すぎたり、縛り方が甘いと、こうなることがある。  私は溜息を吐きながら、地面に広がったゴミを集める。 「すみません。それ、うちのゴミです」 「え」  奥さんがさっと寄ってきて、申し訳なさそうに眉尻を下げる。  私は、反射的に中身を確認してしまった。  いたって、普通の可燃ゴミだ。  不審なものが混入している様子はない。 「本当にごめんなさい。あ、わたしも拾いますね」 「あー、いや、自分がやるんでいいですよ。たいしたことじゃないんで」  いや、本音を言うなら、ビニール袋の口はちゃんと締めて欲しい。道路に散乱したゴミを拾う時の気持ちなど、同業者でなければ分からないだろう。  ただ、何度も謝る奥さんが可哀想で、それをありのまま伝えることは躊躇(ためら)われた。 「量も少なめですし、気にしないでください。普通、小さい子のいる家庭ゴミだと、もっとズッシリしてるんですけどね、はは」  言外に、被害は最小限で済みました、と伝えてみる。奥さんに気を遣って、空回りしているのは承知の上だ。 「ああ、家族2人分しかないので。陸のオムツはもう外れてますし。主人はいなくて」  私はしばし、動きを止めて、奥さんの瞳を見つめた。 「失礼ですが、ご主人は?」 「先般、亡くなりまして」  私は一瞬、言葉を失った。  それは病死ですか、事故死ですか、とはさすがに訊けない。  岡野の言葉が脳裏を(かす)めるが、普通に考えて、殺人事件のわけがない。だいたい、そんなものが身近に転がっているとは思えない。 「そうですか……。すみません、立ち入ったことを訊いてしまって。ご愁傷様です」  奥さんは無表情のまま、すっと頭を下げた。  真似して、子供の顔も下を向く。  私は、ヘルメットをかぶり直し、車内に戻ろうと(きびす)を返しかけてーー。  肝心なことを、質問し忘れていることに気が付いた。 「あの、奥さん。結局、捨てたいものは捨てられたんですか?」 「いえ。実は、まだ……」 「何を、そんなに捨てたいんですか」  やはり、答えは返ってこなかった。
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