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子供の頃から、ゴミ収集車が好きだった。
それこそ、物心つく前から、あのフォルムやギミックに憧れていた。
パトカーや消防車みたいに、誰が見ても間違いなくカッコイイ車だってあるのに。
なぜか、その当時は、ゴミ収集車が一番魅力的に思えた。
絵本で収集車が登場すれば、嬉々として指差し、「はたらく車」のビデオを何度も繰り返し観た。
ドライブの際に収集車が横切れば、チャイルドシートから飛び出さんばかりに興奮した。
小さい頃は、母と手をつなぎ、ゴミ袋を片手に、集積所の前まで行ったものだ。小学校に上がるまで、それが私の日常だった。
そして現在、私、樋渡宏輝は、区のゴミ収集作業員として働いている。
まさか、幼い頃の夢が、30年越しに叶うとは思ってもみなかった。
だが、車を眺めていただけのあの頃と、実際に仕事で収集車に乗っている今とでは、想像以上のギャップがあった。それこそ、よちよち歩きだった時代の夢が崩れ去るくらいには。
誰もしたがらない仕事ーーというのは、世間一般の概念として間違っていない。
臭いはきついし、ゴミを運ぶのは重労働で腰を痛める。夏場の仕事が過酷なのは言うまでもない。区民からのクレームだって受ける。小学生から、心無い言葉をぶつけられることだってある。
朝は5時に起き、7時には勤務開始。
車両点検、ミーティングをしてゴミ回収へ向かう。
「樋渡さん、今日は、ゴミ袋から、竹串が飛び出してこないといっすね」
隣でハンドルを握りながら話しかけてくるのは、ひとつ年下の後輩、岡野だ。たいてい、こいつと2人1組で巡回する。
岡野は、ちょっと妄想癖があるが基本イイやつで、また、だいぶお調子者だが、やっぱりイイやつである。
「そうだなぁ、手袋してても、ビニール袋突き破ってこられると、一瞬ビビるよな」
「まー自分もこの仕事するまで、捨て方なんてあんま気にしてなかったすけどねー」
「私は気にしてたけどな」
「樋渡さんは真面目すねぇ。昔からですか」
「そうかもな」
適当に相槌を打つ。
別に特段、真面目というわけではない。
自分が保育園児だった時分、環境学習でゴミ収集車が来た。清掃員のおじちゃんの言っていたゴミ出しルールを覚えていて、忠実に守っていただけだ。
「竹串も危ないけどな。ゴミ袋から包丁が飛び出してくるよりマシだろう。この前みたいに」
「そっすね! 包丁よりは断然マシです!」
「はははははははは」
笑い話にでもしないと、やっていけない。
いつにも増して、明るい朝である。
「それはそーと、今日は、あの奥さんと子ども、いるんすかね」
「奥さんと子供?」
「ほら、毎週火金、この車を見に来てるじゃないすか」
私は、このひと月ほどを思い出してみる。
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