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涼子だと分かったのは声をかけようとする直前だった。髪は短くなっていたが、キリッとした目も、低い鼻も、あの頃と変わりなかった。
「涼子、なのか」
俺の言葉に、涼子の顔がこちらを向く。途端に彼女の目が見開いた。
「悠太、なの」
俺はゆっくりとうなずく。
「妻代行サービス、だよな」
「ええ、そうよ」
「こんなことってあるのか」
俺たちはしばらく何もしゃべれなかった。
やがて、目の前のロータリーにバスがやってきた。行き先は、父が入院している病院だった。
「とりあえずバスに乗ろうか」
俺たち二人はバスの一番うしろの座席へと向かう。
バスが動き出してからも沈黙が続いた。静かな車内、エンジンの振動音だけが響いている。
俺はチラリと涼子の方を見る。暗い車内でも、その表情が不安げなのは分かった。視線はずっと下を向いている。
質問は山ほどあった。十年も会ってないのだ。聞きたいことばかりだ。そして、何より、十年前のあの日、なぜ涼子は姿を現さなかったのか、その質問が喉まで出かかっていた。
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