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「親父、紹介するよ。京子だ」
病室に入るなり、俺は父に涼子を紹介する。京子とは、彼女が妻代行サービスの仕事の際に使う名前だ。昨日メールで彼女の偽の情報は受け取っており、全て頭に入れている。
父はベッドに寝ていたが、上半身だけ起こす。父の顔色は良さそうで、俺はホッとした。
「はじめまして。お父様。京子と申します。お疲れのところ申し訳ありません。本日は結婚の挨拶に伺いました」
「京子さん。はじめまして。そんなにかしこまらなくて良いよ」
父が優しい笑みを見せる。
「まさか悠太が結婚するとはね。驚きだよ」
「俺だってやる時はやるんだから」
「そっか。嬉しいなあ」
その後は涼子の地元の話で盛り上がった。そこは嘘ではなく、彼女も素で答えることができる話題だった。
「京子さんと少し二人で話していいかな」
五分ほど話してから父がそう言った。
「え、どうして」
俺が聞くと、「話したいことがあるんだ」と柔らかい表情のまま答える。
「分かった。じゃあ病室の外で待っているよ」
俺は病室を出て、廊下の長椅子に座る。
涼子に話とは何だろうか。急に結婚の話が出たから父は疑っているのかもしれない。もしかして結婚が演技ということがバレて、涼子を問い詰める気だろうか。俺はあれやこれやと色んな想像をしてしまう。
三分ほどで病室のドアが開き、涼子が出てきた。彼女の様子を見て俺は驚く。なぜか彼女はうつむき、顔色が真っ青なのだ。
「どうした。涼子」
小さく声をかけると、彼女がハッとする。
「いや、何でもないわ。お父さんがあなたを呼んでる」
そう言って、彼女は椅子に座る。その表情はやはり暗かった。
「うん。分かった」
俺は彼女の様子が気になったが、父がいる病室に足を向ける。
「京子さんは良い人だな」
病室に入るなり、父は言った。その顔は満面の笑みだった。二年前に母親が亡くなってから、こんな表情の父は記憶にない。
「うん。ありがとう」
父がこんなに喜んでくれて素直に嬉しい。しかし、俺はどうしても気になることがあった。
「涼子と、いや、京子とどんな話をしたの?」
「ん? なんてないことない会話だよ」
父は少し首を傾げてそう言った。その態度からは、深刻なことを言ったようにも思えない。それでは先ほどの涼子の様子は何だったのだろうか。
「じゃあまた来週」
事務的なことを話してから、俺は父と別れた。病室の前では、涼子が待っていた。
「今日はありがとう。帰ろうか」
そう言って歩き出そうとした時、彼女が俺の腕をつかんだ。
「話したいことがあるの。どうしても。今すぐに」
そう言った彼女の目は、血走っていた。
「わ、分かった」
俺はあまりの彼女の迫力に、そう答えることしかできなかった。
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