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次の日、俺は朝から家でゴロゴロしていた。テレビをつけても内容は頭に入らず、すぐに電源を切り、ベッドの上に寝転ぶ。
頭に浮かぶのは涼子のことばかりだった。あの時、きちんと会って話していたらどうなっていただろうかと、そんなことばかり考えている。
もしかしたら遠距離恋愛で上手くやっていたかもしれない。それとも涼子もヨーロッパに付いていくと言ったかもしれない。色んな妄想が膨らむ。そう、あの日、ちゃんと会ってさえいれば、俺たちの関係は続いていたはずだ。
悔やんでも仕方がないことは分かっていたが、悔やまないわけにはいかなかった。人生はなんて儚いのだろう。たった一つの聞き間違いで、人生は大きく変わるのだ。
その時、テーブルの携帯電話が鳴る。俺は慌てて飛び起きた。俺に電話をかけてくる人間はほとんどいない。一つの考えが頭に浮かぶ。父に何かあったのだろうか。
携帯電話の画面を見ると、父ではなく、もっと驚く人物だった。それは涼子からだった。
「は、はい」
声が裏返ってしまい、慌てて咳払いをする。しばらくして、「もしもし」と彼女の声が返ってきた。
「今、電話しても大丈夫かな」
「ああ、良いよ」
「実はね」
そこで声が途切れる。通信が悪いのかと電波を確認しようとした時、「悠太のお父さんに」と再び涼子の声が聞こえる。
「本当のことを言えないかなって思って」
俺の思考が停止する。父に本当のことを言う。その意味がやっと理解できた時、俺は思わず叫んだ。
「良い加減にしてくれよ。本当のことを言ってどうするんだよ。親父の命はあと少しなんだ。それなのに、結婚は嘘でしたなんて言えないよ」
「違うの。私が言いたいのは、結婚が嘘だってことではなくて、十年前に悠太を見捨てたのが私だってことを言いたいの」
俺は言葉を失う。余計に訳が分からない。そんなことを言って何の意味があるのか。
「お父さんに申し訳ない気持ちなの。十年前に息子はある女性に見捨てられたけど、結婚することができた。でも、結婚するその女性が実は息子を見捨てた本人でした、なんてあまりに申し訳ないの」
「何を今更。そもそも涼子は俺を見捨てていない」
「ううん。結果として同じよ。それに、嘘を嘘で重ねたくない。せめて、そっちは正直に話したいの。私が悠太を見捨てた本人だってこと。そして、きちんと謝りたいの」
彼女の言い分は、筋が通っているようで、無茶苦茶だった。すでに結婚で嘘を言っているのだから、そこで嘘を突き通しても同じではないか。しかし、彼女の口調は熱く、有無を言わせないくらい真剣だった。そう、付き合ってた時もそうだった。彼女の意見に俺がノーと言えたことはなかった。
「そこまで言うなら良いよ。土曜日に病院に行く予定だから一緒に行こう」
「ありがとう。わがまま言ってごめん」
「ううん。良いさ」
俺は通話を切り、ため息をついた。何だかややこしいことになってしまった。急に真実を告白しても、親父は困惑するだけなのではないかと不安になる。
ただ、少しだけ喜んでいる自分がいることに気づいた。また涼子と会うことができる、それは俺にとって、素直に嬉しいことだった。
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