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私は数学が苦手だった。
少しだけ偏差値の高い高校に合格したのは奇跡と言っても過言ではなかった。いや、私の驚異的な暗記力が私を救ってくれたのか。
数学の楽しさが分からなかったから、数学の勉強を殆どした事がなかった。その代わりに、私は社会科の暗記に自分の持つ全てを奮った。
結果、私はピカソのフルネームなんて余裕だし、ヨーロッパの首都は全て言え、その上、国旗まで描けるという“暗記力オバケ”になっていたのだ。
だが、それだけだったのだ。私は社会科の応用問題は解けることがなかった。応用問題は暗記力だけでは太刀打ち出来ない。暗記力は論理的な思考に勝てない。要するに、私は左脳をキチンと使えていなかった、ということになる。だから私はピカソのフルネームが言えても、“少しだけ”偏差値が高い学校に収まったのだ。
高校の数学は中学の数学の何倍も難しいと気づいたのは、入学後すぐだった。しかしそのままダラダラと惰性で初めての定期試験を受けた結果、私の数学は、学年順位のほぼ最下位という記録を叩き出した。これには母も呆れてしまったらしい。私にはもう既に数学への向上心はなかったが、流石に赤点を取るのはマズイ、何とかしなければ、と感じた。そう思った矢先の事だった。同じクラスのA子が塾に誘ってきた。
「ねえ、あんた塾とか興味無い?数学とか。苦手でしょ」
彼女は、小学校も中学校も高校受験対策の塾も同じで、長年の仲である。また同じ高校なんだね、互いにおめでとうと笑い合ったのはもう三ヶ月ほども前だ。
「いや、まあ考えてないことも無いけど。勉強嫌いのあなたが珍しいね。塾に誘うなんて」
「ちょっと見てよこれ」
A子が笑いながらもおもむろに見せてきたプリントには、大きい赤色の32の文字。
「赤点取っちゃった。お陰でママにコッテリ油絞られちゃったの。卒業出来なくなったらどうするのって」
流石A子だった。私は彼女より少し高い34点。
「私もあまり変わらないし、ママに油絞られたのいっしょ」
私が言うと、A子は笑った。私たち本当に運命共同体って。
「それで最寄り近くに激安塾があるの。個別指導で。B子って覚えてる?小学校一緒だった......」
「覚えてるよ。あの、おかっぱの子。私とは関わりなかったけどね」
「そうそう。あの子がそこに通ってて。あ、今は通ってないんだけど。その子からお勧めされたんだ」
A子は真新しいスクールバッグを掻き回して、クシャクシャな一枚の紙を取り出した。
「これ、その塾のチラシ」
「ええ......」
驚いて思わず声がもれてしまった。そのチラシはふにゃふにゃの手書きで、地図も載っているが、イマイチ場所が把握出来ない大雑把さ。どうしても信憑性が高いとは思えない。
「怪しいんじゃないの。A子。最近よく聞くよ。女の子連れ込んでムリヤリそういうこととか......。それか人さらいとか」
「人さらいだったら人さらいで面白いでしょ?」
「全く」
A子はスリルが好きだった。
だが、金欠と点数の低さで喘いでいた私はA子の提案に同意せざるを得なかった。
かくして、私達はその名もない塾に行くことになったのだ。
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