散歩

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散歩

朝起きるとまずコンビニに行く。 通勤・通学の人々が去った後の、 やや澱んだ空気の店内に入り、いつも通りの 手順で買い物をする。 今朝はおにぎりの他に唐揚げも頼んだ。飲み物はペットボトルのお茶と缶コーヒーにした。 近くの公園で缶コーヒーを意識してゆっくりと飲み、ひと息つく。 コンビニの隣にくっついているクリーニング屋でワイシャツを受け取り部屋に戻る。 仕事をしていた頃のルーティンだ。 今は必要がないはずなのに、なぜかわざわざ 毎日ワイシャツを着る。人目は気になる方だ。 今日は天気が良くて、帰り道にある花屋の前に並べられた鉢植えが活き活きとして見える。 いつもなら、店の奥で、まるで古い油に漬け込んだような色をした、乾いた花が逆さまに吊るされているのに目がいくが、今朝は違う。 部屋に戻り朝食を済ませる。おにぎりのフィルムと空のペットボトルを流しで洗う。 捨てればゴミ、洗えば資源、らしいから洗う。 さて、散歩に出よう。 駅とは反対側の大きな川を目指す。 川に着くと、日当たりのよい土手に腰を下ろし、途中古本屋で購入した本を読む。 ランニングする人々の息づかいや、自転車が連なって通る音を背後に聞きながら半日程時間を過ごす。 4色ボールペンを片手に、時々本に書き込みを してみる。意味は無い。目的も。 たまにしつこく犬にニオイを嗅がれ、飼い主に謝られ、会釈で応える。 ベンチではなく土手に座るのは、寝そべってもあぐらをかいてもいいから。それに、手に本をもっていれば、不自然なこともない。と思う。 高校生の下校の自転車が増え、腹も限界まで減ったところでやっと土手を離れて街中に向かう。 バス停の横を通ると、アジア系の外国人が3人、 路線図を指差しながら何か話していた。 歩を緩めながら会話に耳を傾けてみる。 どうやら、どのバス停で降りたらよいのかで少し揉めているようだ。 1人目が後ろに並んでいるスーツ姿の男性に、体育館に行くにはどのバス停で降りたらよいのかと母国語で尋ねた。 話しかけられたその男性は掌を小刻みに自分の顔の前で振り、言葉が分からないことをジェスチャーで示した。 2人目が1人目の肩を掴み、言葉が通じるわけないんだから話しかけるのを止めろと強い語調で言っている。そして、そもそもお前が体育館にスマホを忘れたのが悪いと声を荒げた。 言われた方は、いつも荷物持ちをさせられていることへの不満やそもそもスマホは自分の私物でそれを当てにしていろいろ指図されてきたことへの怒りを言い返した。 すると3人目が、2人に向かって大きな声を出すなとたしなめた。 僕は3人目に近づき彼らの母国語で声をかけた。 彼らは言葉が通じることが分かると口々に話し出した。 体育館に忘れ物を取りに行きたいが、行きは仲間の車で話しながら行ったので道もほとんど覚えていないこと。 バスも使ったことがない。駅で仲間と別れ電車に乗るだんになり、スマホを忘れたことに気付いたこと。 体育館で待ち合わせた他の仲間がバスで来たと聞いていたので、バスを使えば取りに戻れると考えたのだが、降りるバス停が分からないこと。 僕は体育館の最寄りのバス停を教えた。 それは終点ではなく7つ目のバス停だ。 そして、交通系のプリペイドカードが利用できることや、7つ目のバス停の名前が放送されたらボタンを押して光らせることも教えた。 さらに、先頭に並ぶスーツ姿の男性に、彼らが体育館に行きたがっているので、バスの運転手に伝えてあげて欲しいとお願いした。 彼らがたどたどしい日本語で、アリガトと言う声に笑顔を返し、僕は散歩を続けた。
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