0人が本棚に入れています
本棚に追加
商店街
猫は今頃暖かい寝床で夕飯後の毛繕いをしてるだろうか、と考えながら、人通りの多い商店街に出た。夕方の不規則な人並みの中を歩く。
商店街は混んでいた。仕事帰りらしい人々が忙しそうに買い物をしている。
肉屋の前に並ぶ惣菜は人気なようで、何人もが手を伸ばして賑わっている。
保育園に子供をお迎えに行って来たらしい自転車がその賑わいの後ろに止まった。
前には大きな布団袋、ハンドルに膨らんだ巾着袋が掛けてある。
後ろには背もたれの高い子供用の椅子が付けてある。
子供が両足をパタパタさせながら、マーマッ
と声を上げている。
コロッケを買った母親が、支払いをしようとしてハンドルを掴んでいた手を離した。
ハンドルがぐるっと横を向いた途端、子供を乗せたまま自転車が倒れた。
キャーっと母親の悲鳴が響く。
が、地面に叩きつけられたはずの子供の姿が見えず、キョトンとする。
僕は脇の下に手を入れ抱えた状態の子供を、そっと母親の前に降ろした。
母親は、子供の名前を呼び何度もよかった、よかったと繰り返す。
僕は自転車が倒れた拍子にハンドルから外れて転がった大きな巾着袋を拾い上げ、籠から飛び出した布団袋を片手で掴むと、起した自転車の籠に入れた。
子供用の椅子の破損と歪みが無いことを確認して、その場を離れた。後ろの方では、母子を取り囲んでいた人だかりも夕方の忙しさに散り始めたらしかった。
その中にいた1人が小走りにこちらへ来る。
そして、僕に追い付くと、
あんた、さっきありがとねぇ。
と声をかけた。あのお母さんすっかり動転して、まぁ、したかないけど。代わりにアタシがお礼言っとくね、
ありがとう。
あ、いえ。どうも。
その人は、
あら、アジが安いじゃない。
と言いながら魚屋に入って行った。
接客用語以外の会話は久しぶりだ。
ちょっと気持ちがわくわくした気がする。
最初のコメントを投稿しよう!