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ーー高校生活、青春時代。青春といえば恋愛。高校時代の恋愛は甘酸っぱくて、恥ずかしくて、思い出すと悶絶する人も中にはいるだろう。
そんな青春真っ只中の男子高校生である坂本礼央(さかもとれお)は、文芸部の部室で椅子に座り、長いテーブルの上に教科書を置いてそれを枕代わりに顔面を横置きにしてダラダラしていた。
礼央とテーブルを挟んで座っているのは才色兼備の美少女、東坂美咲(とうさかみさき)。さっきからだらけている礼央を横目に見ているが、気にしていない振りをして窓の方を眺めながら読書をしている。だがさっきから礼央が美咲を少し凝視しだしたため、実のところ読書はそこまで捗ってはいない。因みに2人とも高校2年生である。
「美咲、俺高校卒業したらお笑い芸人になるわ。」
「いきなりどしたよ。」
「俺は多分、お笑いの才能があると思うんだ。」
「そっか。こないだの小説、落選したのまだ落ち込んでるんだ。」
「ち、ちげぇよ!?」
図星を突かれた礼央は素早く起き上がり、焦った顔で美咲に訴えかける。
「礼央はお笑いより小説家の方が向いてるって。私、好きよ。礼央の小説。」
「ほんとかよぉ、」
「ほんとほんと。」
2人の和やかな時間が流れる。ずっと、ずっとこんな日々が続くのだろうなぁ、、
ーーピピピッ
ん?
左手に爽やかな感触が伝わる。
お腹には誰かが乗っている。
あれ、俺は、、
「パパ〜!パパ〜!」
顔をぺちぺち叩かれている。
「パパ起きないなぁ、」
そう言ってお腹に乗っている誰かは俺の鼻を摘んだ。
「えいっ」
「んぐっ」
鼻に対する強い刺激とともに完全に目が覚めた。そうだ、さっきまで見ていたものは全て、俺の過去の夢だ。俺は高校生なんかじゃない。もう29歳だ。
目を開けると最愛の娘が俺のお腹の上に座っていた。寝ている俺を起こしに来てくれたのだろう。
「おはよう琴乃」
「おはようパパ!」
琴乃(ことの)は嬉しくなったのか、俺に抱きついてきた。右手でそっと琴乃の頭を抱きしめると、犬のルナがさっきから俺の左手をペロペロとなめている事に気がついた。
「おはようルナ、お前も起こしに来てくれたのか」
俺は琴乃を右手で優しく頭を撫でながら左手でルナの頭を撫でた。ルナは小さく喉を鳴らし、頭を下げる。
「よしっご飯にするか。」
「やったー!」
琴乃が両手を上げて万歳する。その時に俺の右手から離れてしまったので少し残念だ。ルナもつられて右手を上げていた。
今日は休日。
琴乃が2年生になったから新しい筆箱が欲しいと昨日から駄々をこねていたので、今日はその買い物に行く予定である。学年ごとに筆箱を変える必要があるのかは、小学生の間ずっと同じ筆箱を愛用し続けていた俺にはわからない話だ。
俺は朝食の準備をするため、部屋を出てキッチンに向おうと思ったが、それより先に嫁の部屋である俺の隣の部屋に入り、仏壇の前に正座する。仏壇にはとても美しい女性の遺影が飾られてあり、それをぼーっと眺めてから輪を優しくリン棒で鳴らし、手を合わせて目を閉じた。
ーーなぁ、見てるか美咲。
美咲のことを思い出しながら、心の中で語りかける。
ーー琴乃は元気にやっ
「朝ごはんまだー?」
ーーすまん美咲、琴乃のお腹が限界らしい
「はいはい、すぐ作るよー」
「もう、うちはお腹ぺこぺこなんよー」
「ごめんって」
そう言ってこの部屋を立ち去ろうとした俺は、あることを思い出し、美咲の方に振り返る。
「俺、小説家になったよ。」
小説家の方が向いてると励まされた夢を見た後だったので、今までに何回も伝えた事ではあったが、改めて報告した。
美咲が少しだけ笑ったような、そんな気がした
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