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一章 秋葉 香太 37歳
反省している。だからどうか、どうか私を……
…殺してくれ。
私はある時、罪を犯した。許されないことだ。
人を殺してしまったのだ。
それまでは、豊かで、幸せな人生を過ごしていたというのに。
妻がいた。息子もいた。反抗期だったが、それでも心の奥底の優しさが透けて見えてしまうような、
素直で良い子だった。
妻と会ったのは、ちょうど15年前の今日。
「いやー、暑いですねえ!」
「え、あ、はい。」
お盆に実家に帰省しようと電車に乗っていると、彼女は俺に話しかけてきた。
「…なんか、よそよそしくないですかぁ?」
当たり前だろう。初対面だぞ。
逆にこの人が馴れ馴れしいんだがな。
「いや、そんなことは…。」
出会いはこんなものだった。
彼女の降りる駅は俺より遠くて、彼女もまた、お盆に実家に帰省に来ているらしい。
「あ、ここですか?じゃあ、また今度!話しましょうね!」
降りる時そう言った彼女に、
「もう会えないですよ、流石に。」
と放ったが、彼女はニコニコと笑っていた。
だからまさか、本当にまた会うとは、しかも帰りの電車で…。
「おや、また会いましたね!」
相変わらず彼女は屈託なく笑っていた。
ふと、綺麗な笑顔だと思った。
「なんでいるんですか。」
そうして、なぜか毎年この電車で俺たちは会っていた。偶然といえば御伽噺だが、
きっと意識していた。俺も、彼女も。
俺がとっていた心の距離は、年が行くにつれて近づいていった。そして5年後。
「あ…あの、その…」
いつもつっかえもせずくだらない話をしている筈の
彼女が、今日は何故かしどろもどろだった。
「どうかしたんですか?」
「あの!…つっ、月がき、…綺麗でしゅね!!」
「…よろしくお願いします。」
馬鹿な人だ。月は出てないと言うのに。
偶然と彼女の勇気によって、俺たちは付き合うこととなった。
彼女とは、意外にも同じ街に住んでいて、会おうと思えばすぐに会えた。
そして俺たちは結婚した。俺が34、彼女は32だった。
「学生の頃はさ、後輩だ先輩だってみんな言ってたのにさ、大人になったら関係なくなってくるよね。…なんでかな?」
「…大人になれば、出会いが自由になっていくからね。学生の頃より、ずっっと年上や、ずっと年下の人とも、出会うこともあるからね。そういうことじゃないかな?」
「へー。」
自分で聞いといて、返事が適当だ。
幸せだ。
きっと、俺の人生に用意された「幸福」はこれだったのだ。
息子もできて、だんだんと俺たちも親に、なってきたのかな?
「いや、全然か。」
「どうしたの?」
「なんでもないよぅ。」
ある日、仕事も終わり、家に帰ると、俺の知らない人がいた。
客人か、と言う言葉は彼の右手で止められた。
彼の奥では、彼女が、血だらけで倒れていた。
「……ぅぁあぁああゔあぁあああ!!!!」
俺は、全力で男を殴り飛ばした。何度も何度も殴って、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
疲れて意識が朦朧としていると、
最近部活で遅帰りの息子が帰ってきて、警察と救急車を呼んだ。
男は死亡。彼女は左腕に大きな傷跡を残すこととなった。
当然、俺は逮捕されて、裁判にかけられた。
状況を鑑みて、情状酌量の余地があるとされ、
25年の懲役となった。
それでも俺は後悔していなかった。俺は彼女を守ったのだという安心すらあった。
刑務所に入って数日後、彼女が面会に来てくれた。
「…大丈夫…なのか?良かった。ありがとう。
生きていてくれて。」
「…なんで、最低だよ。あなた。」
この世界できっとこの空間の時だけが止まった。
「は?」
「あなたが捕まって、私たちはこれからどうしろっていうの!?家のローンも残ってる。大樹だって、
これから大変になってくるっていうのに!!
…あなた最低よ!!」
「なんで、俺が……ふざ、けんな!!お前がいなきゃこんなことになってねえんだ!!
何で俺が責められんだよ!悪いことはしたさ。でも俺は自分のやったことは正しいと思ってた!!
お前が許してくれるなら。でも、全部全部お前のせいだ!せっかく助けてやったのに!!!」
「…!」
「あ…。」
「帰る。」
悪かった。悪かったよ。
本心ではあった。でも私が悪いのはわかっていたんだ。ごめん。また会った時、君は私を許してくれるかな?
無理だろうな。だからさ、殺してくれないかな。
この心臓は、君に許されなければ潰れても良いんだ。許してくれだなんて言わないから。
俺を殺して、笑ってくれ。
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