ボーイ・ミーツ・ガール・オブ・ザ・デッド

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 死んだ身体の中で、侵されなかった細胞の新陳代謝が進んでいた。 「富士山で言うと未だ一合目だけどね」  担当医の比喩は使い古しの王道だけど説得力がある。  既に人を襲う可能性は皆無との判断で拘束具は解かれた。特務隊の警備は相変わらずだが。  僕は新しい交換日記を用意して、書いた想いを読んだ。面会時間が終了なので日記の続きのページを開いたままで、彼女が愛用していた色鉛筆を添えて部屋を出た。  翌日、医者が驚いていた。日記に絵が描かれていたと。三歳児作のような線と楕円と隙間だらけの塗り潰しは立派な意思表示だった。  彼女は少しずつ自分を取り戻していた。 「愛の力だ」  担当医は奇跡をそう呼んだ。小説を書く僕が頭で練った表現よりも、心から漏れたオーソドックスな言葉の方が響くのは何故だろう。 「君の親身が彼女の闘いを支援しているんだ。さあ次の段階だ」  続き彼から一気に五合目を目指すと告げられた。  治療の一環として車椅子での研究所敷地内の散歩が許可された。  車椅子を押して春を喜ぶ鳥が祝祭を奏でる中庭を歩いた。テンプレートな舞台美術の桜のアーチが彼女と僕を包んだ。
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