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部屋に戻るとまだ洸夜は帰ってきていなかった。
寂しさを感じつつも(よかった……)と手早くシャワーを済ませ、いつも背負っているデイパックにパンツを一枚放り込んで部屋を出た。
ーー土日連チャンでバイトです。小林んとこで世話になります。月曜には戻りますんで心配しないでください。
と置き手紙した。
あれで充分通じるはず。
文面が長すぎなかったか、少し気になった。
披露宴は残り半分まで来てるんだろうか。壇上では新郎の友人たちが歌を歌っている。俺は音楽には一切興味がないがそれでも聞いたことがあるメロディラインだった。
「やっぱ、偉そうなオッサンが多いせいかはっちゃけないのな〜」とすれ違いざまお仕着せのギャルソンエプロンに白の詰襟シャツ姿の小林が俺に体を寄せ、耳打ちしてくりる。
俺は熱唱しているご友人一同より、白のタキシードを着た新郎の方が気になってしょうがない。
ポケットチーフはほんのりピンク色。
色黒な今日新郎には似合ってない気がしたが、洸夜なら……。
(ばっちりだ……綺麗で、そして間違いなくエロい……)
いいな。
俺たち、男同士だから式まで挙げられるか分からないけど写真だけでも残すなら、洸夜は白のタキシードを着てもらおう、
……と食い気味に考えてから、
(馬鹿だ……俺)
と、悲しくなる。
「ん? どした、西條。疲れたか?」
と顔を覗き込んでくる小林に、
「違うって。にしても、ココ、明日もこんな感じの披露宴あるわけ? すげーな」
と、返事した。
「みんな幸せなんだよ。あっちは幸せに金を払う。こっちは彼女にフラれた分働いて金を稼ぐ。世の中はこうしてプラマイゼロになる仕組みになってるわけ……、ちなみに、壇上に座ってる新婦、おれをフッた元カノ」
土日一緒にバイトなら泊めてくれっ俺か言っとら、あっさりオーケーしたのはそう言うことだったのか。
「……! まさか、小林……お前バカなこと考えてないだろうな」
「まさか。たまたまだって。たまたま……ほら、あっちのテーブル、呼んでっぞ」
テーブルまで行くと、俺を呼びつけたその招待客は、
「ワイン頼めるかな? ビール、お腹吹かれてきちゃって。あ、有れば……の銘柄が飲みたいんだけど……」
と言った。
ワインの銘柄まで指定してくるなんて、やっぱりデカい披露宴に来る客は金持ちなのか。
「あ、はい。確認してすぐお待ちします」
忙しいそうに行き交うスタッフのひとりに声をかけてワインを探してもらう。
ようやく聞かれたワインを手に戻ってくると、会場外のトイレの入り口に、俺に声を掛けたあの客が立っていた。
「あ、君……!」
と、呼ばれて近寄る。
「あの、お席にワイン持っていきますね」
「ワイン? あぁ、うん。それちょっとそこ置いて」
と、近くの生花が飾られているカウンターにワインを置くように指示された。
「こっち来てくれるかな」
なんだろう。酔って気分が悪いのか。いや、そんなふうには見えないけど……。
近寄っていくと、トイレに連れ込まれた。
個室に押し込まれる。
客だからと躊躇っているうちに、あっという間のことだった。
大の男2人。
相手の体が密着してきて狭苦しいったらない。
「ふふっ、やっぱり君、いい身体してるよね。実は今日はここに泊まりでね……どうだろう? 君の仕事が終わったらでいいよ。ボクの部屋に来ない?」
あからさまなお誘いだった。
すごく嫌だ。
でも。
(なんだろう。この人、少しだけ洸夜に似ている)と気づいてしまうと、俺の手首を掴む彼の手を振り解けなくなってしまった。
「えっと……、俺、ただのバイトで。って何言ってんだ。ごめんなさい。そういうの、困ります……ッ?」
急に目の前の男が俺の尻を鷲掴んでこともあろうか揉んできたんだ。
ここのところ洸夜とさっぱりで押し込められていた俺の中の欲望が、俺の意志を無視して勝手に反応し始める。
「若いってイイね。こんなに反応して。カワイイ。溜まってるんだ」
「違いますっ。う……そんな……」
「続きを楽しみにしているよ。部屋番号は……」
狼狽して目を白黒させる俺とは対照的に、余裕シャクシャクな表情で彼は俺の尻をもう一度ひと撫ですると、
「ワインは捨ててくれても構わないよ。もう、それどころじゃなさそうだから」
彼は俺の返事を待たず、含み笑いと共に披露宴会場へ戻っていってしまった。
2022.04.29
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