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稲本団地四街区F棟・階段
悠輝の部屋は、姉家族の部屋の真下だ。子供はドタドタ歩くものなので、本来は下の階への気遣いが欠かせない。しかし、居るのが身内なら安心してドタドタさせられる。そのため平日の朝は、いつも天井から響く足音で叩き起こされるのだ。例え安眠を妨げられても、可愛い姪っ子の足音と思えば腹も立たない。悠輝はゴソゴソと布団から出て、ベランダに続く掃出し窓を開けた。
こっちは、怒髪天を衝く思いになるな。
悠輝はベランダの至る所にあるソレを睨み付けた。そこに在るのは猫のフンだ。量から察するに一匹分ではない。
あいつら、三味線にしてやる。
姪達のことが心配でつい忘れがちだが、これだけでも猫達をこの集合住宅に近づけないようにする理由としては充分だ。悠輝は買い置きしてあるコンビニ袋にフンを集め、しっかりと口を結んでゴミ袋に捨てた。今日は燃えるゴミの日なのでこのまま出しに行く、これだけで一仕事だ。
「おじさん、おはよう!」
「おはよ~」
玄関から出ると朱理と紫織の声が上の踊り場から聞こえた。二人ともランドセルを背負い、朱理はゴミ袋を持っている。紫織はまだ眠そうな顔をしていた。
「おはよう。二人でお手伝い、偉いな」
朱理はその言葉に微笑んだ。
「昨日もウチのベランダにはネコちゃんが来たんだけど、おじさんのところはどう?」
悠輝は顔を顰めてゴミ袋を持ち上げた。
「た、タイヘンだね」
本当に大変だ、何かしら早急に対策をしよう。
「ホームセンターで猫よけ買って来ないとなぁ。それとも、いっそのこと犬でも飼うか……」
あの白猫は例外としても、使ったことがないので猫よけがどれだけ効くのか不安だ。いっそのこと犬を飼った方が確実なのではないだろうか。稲本団地は許可さえ取れば小型犬まで飼うことが出来る。
「えッ、イヌ、かうのッ?」
悠輝のぼやきに紫織が顔を輝かせた。さっきまで眠そうにしていたのが嘘のようだ。
「あ、いや、飼わない飼わない。猫をどうにかしたいだけだから……」
悠輝は胸の前で手をブンブン振って否定した。姪達にいらぬ期待を抱かせて、後でガッカリさせたくない。
「さ、ゴミは叔父ちゃんが出しとくから、二人とも学校へ行っておいで」
悠輝は朱理からゴミ袋を半ば強引に取り上げると、追い立てるようにして送り出した。
験力が強い猫がいるってことは、同じ様な犬もいるってことだよな……
験力が強い犬が居てくれれば、あの白猫も寄りつかないのではなだろうか。だが、一人暮らしの悠輝が犬を飼うのはハードルが高い。飼うなら上の階に住む姉の協力が必要だ。仕事で殆ど家にいない義兄の英明は娘も喜ぶならと了承してくれるだろうが、遙香はどうだろう。結婚が決まるとパートナーの意見も聞かずに「明日の米に困るまでは働かない!」と宣言して専業主婦になるほど労働意欲のない人間だ。ペットの世話など協力してくれるだろうか。
とりあえず、猫よけを買ってくるか。
先ずは直ぐに実行できる対応をしよう。
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