新川・遊歩道

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新川・遊歩道

 悠輝は真夜中に新川(しんかわ)の遊歩道をMTBで飛ばしていた。今週は準夜勤のため、自宅に着くのは午前様だ。この時間は滅多に通行人が来ないため思い切りペダルを漕げる。とは言えこの道を使うのは人間だけではない。特に夜間は(いたち)や狸、そして猫などが横切る。そのため悠輝は速度を保ちつつも、験力を使って周囲にも気を配っていた。   アイツか……  悠輝は自転車を止め、河原に拡がる藪の一角を見つめた。明らかに人間とは異なる小動物の気配だ。さらに身体のサイズに見合わない強力な験力を感じる。そんな相手を悠輝は一人、いや一匹しか知らない。だが……   白猫と気配が違う。  悠輝は自転車のライトを気配の主に向けた。 「え?」  そこに居たのは意外な生き物だった。 「ク~」  子犬だ。しかも黒っぽいのでライトを当ててもよく見えない。悠輝は自転車を降りて、子犬に近づくと(かが)んだ。手を差し出すと、子犬は寄ってきて掌をペロペロと舐める。 「おまえ、どこから来たんだ?」  この辺りは民家もまばらで田んぼと梨畑ばかりだ。離れてはいるが飼われている犬だろうか、それとも捨てられたのだろうか、首輪はしていない。 「どっちにしろ、この時間じゃおまえの飼い主を探せないな……」  深夜に一軒一軒たずね歩くわけにもいかないし、そもそも捨て犬だったら飼い主は名乗り出ないだろう。悠輝は子犬を抱き上げた。 「とりあえず、今日はおれの家に泊まれ」 「ガウガウ!」  子犬は嬉しそうに尻尾を振る。改めてライトの中で姿を見ると、どうやらクロシバのようだ。   これだけの験力を持つ子犬をたまたま拾うとはな……  白猫に対抗するために験力を持つ犬が欲しいと今朝考えたばかりだ。こんな偶然があるとは。   運命か……  いや、何でも運命と考えるのは良くない。偶然でなければ白猫の験力がこの子犬を呼んだとも考えられる。験力が強いと魔物が引き寄せられるのだ。ならば同じ験力が強いものも呼び寄せられるのかもしれない。人間は様々な事情で験力の欲求通りに動くとは限らないが、動物なら魔物に近い感性で動くのではないか。あの白猫も朱理と紫織の潜在能力、あるいは封印されている遙香の験力に惹かれて来ている可能性がある。悠輝から逃げるのは、敵対的な意志を感じ取っているからだろう。   この子が家にいてくれれば助かるんだけどな。 「ガウ!」  任せろと言うように子犬は鳴いた。思わず悠輝は苦笑する。彼は片腕で子犬を抱え、空いた手でMTBを引いて帰ることにした。子犬を抱いたまま自転車に乗るのは危険だし、今背負っているバックパックに入れるのも不安だ。少し帰宅するのが遅くなるが仕方がない。姪達の事が心配だが、家の中に居る限り大丈夫だろう。  しかし、この判断が甘かったことを悠輝は間もなく知ることとなる。
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