第一話 Strike

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第一話 Strike

叛逆のFAST 登場人物 配達長:ファシテリア・ロングレイア(通称:ファシー) 配達員:ジュリア・ピート 運送部長:マークセル・ワン(通称:マークス) 社長:ガイツェン・ボストラ 1 Strike 船上会社ボストラは土地を持たず、一艘の船を本社としてインド洋を中心に事業を広げており、運送業と軍事産業を中心に大きくなった。一方で制海権をめぐるトラブルも多く「海賊企業」という悪名ももつ。社内には強いヒエラルキーがあり、運送部の配達員は最も下の立場であった。ファシーは配達長という中間管理職の立場であり、上から指示された配達業務を配達員たちに割り振ることが主な業務だ。しかし、人数不足が深刻化しており、自らも配達にまわることが多い。その勤労な姿により部長からも配達員からも慕われてはいるが、少し慇懃すぎるところがあり、距離を感じられている。 配達には可変式半自動輸送機『FAST』(Flexible And Semi-automatic Transporter)が用いられている。高機動、可変式、半自動の特徴を持ち、誰がどこにでも素早く物を輸送できることが大きなメリットである。一方で自動制御技術が未完成で、事故などが生じることもある。FASTは装甲が非常にもろくスピードが速いので、衝突を起こしたら操縦者の命はまずない。このことも「自動技術の人体実験」「過失を押し付けられるための操縦者」と非難の対象となっている。 ある日のことファシーが業務を終えたころであった。部長への報告に向かう途中、配達員たちが集まって何か話をしているのを見かけた。少し気になったが、部長への報告をすることを優先させた。報告を終えた後、部長から開発部への昇進の話を提案された。FASTの操縦経験から自動制御技術の問題点を見てほしいという内容だ。これはボストラ社内の環境から考えてみれば栄転である。しかし、ファシーは「配達員の人数が足りていない」「未来の安全技術よりも、今の安全教育を重視したい」という理由のため断った。本当は部長と一緒の職場にいたいというのもあったが、これは心に留めておいた。 その日、FASTに乗って寮舎に帰宅した後、ファシーは物思いに耽っていた。開けられた部屋の窓から、夜風が彼女の部屋をひんやりと冷やす。彼女にとって部長から異動の話を受けるのは不満であった。1つは今の運送部はファシーが束ねているからこそ成り立っているものであり、いなくなってしまったら機能しなくなる自負があるからだ。そしてもう1つは、自分は部長と同じ職場で働きたいと思っているのに、部長はそう思ってはくれていないのか不安だったからだ。だけど、その憤りも夜風により和らいでいき、いつのまにか眠っていた。 「緊急事態発生!緊急事態発生!」 けたたましいアラームが鳴り響いて目を覚ます。ファシーは困惑しながらも冷静に考える。何が起きているのかはわからない、まずは状況を確認するべきだと判断した。FASTに乗り込み、上空に浮かび上がって周囲を見回す。すると運送部のほうで火が上がっていた。何が起きているか想像もつかなかった。ファシーは急いで運送部のほうへと向かった。 ファシーが運送部へ向かう途中で移動中のFASTと遭遇する。配達員のジュリアだ。無線を使い、ジュリアの機体と通信を行った。 「ジュリア、これは一体、何があったの」  ジュリアは機体をファシーの横に止める。 「ファシー!?」  驚いた様子で答える。しかし、すぐに冷静になり語りだした。 「こんな会社で働いていても、私たちはいつか死ぬ!だから、配達員の皆で逃げようって」 「そんな、どうしてそんなことを……」 「ごめん、ファシーに相談しようとも思ったんだけど……、部長に計画が漏れると困るから」  ジュリアはファシーと部長の仲を危惧したのだろう。確かにこんな大それた計画をファシーが知ったら、間違いなく部長に伝わる。ファシーは自分でもそれがわかったので、言い返すことができなかった。 「でも、だからと言って、こんなこと……」 「ねぇ、ファシーも逃げよう。私たちと一緒にさ」 配達員が全員逃げだしたとなると、ファシーにとっても立場が危うくなってくる。最悪の場合、今回の集団ストライキの首謀者と思われるかもしれない。 しかしファシーには何を信じればいいかわからなかった。会社のことも配達員のことも何も信じられない。だから最も信頼できる人の意見を聞くべきだと考えた。 「ジュリア、あなたが逃げるのを私は止めないわ。だけど私は、部長に、マークセル部長に会ってきます」 「待って、ファシー!」 ファシーはジュリアの制止を振り切って部長のもとに加速した。燃え上がる運送部の執務室に部長はいた。FASTを窓に寄せ部長に向かって話しかける。 「マークス!よかった、無事で……」 「ファシー!どうしてここに……逃げたんじゃないのか」 「マークスを置いていけるわけないじゃない。でも、私、どうしたらいいかわからなくて」 「そうか……すまない、少し君を疑った。君が配達員を扇動したんじゃないかと」 「そんなことはいいの!でも……ねぇ、私は、私たちはどうするの」 そのときドアがノックされた。返事を待つことなく入ってきたのはボストラ社長だ。 「マークセルくん、ここにいたか」 「社長!こんな危険なところに、どうして」 「運送部でストライキが生じたと聞いてな。様子を見に来たのだ。貴人たちの積み荷も被害を受けている。この失態をどう処理すべきか、この責任を誰がとるべきか、問いただしに来たのだが、まさかもう犯人を用意しているとはな」  クックックッと笑う。 その言葉を聞いてマークセルはハッとする。 「彼女は違います!私も彼女も知らなかったことです」 「そうじゃないだろ、マークセル。現に被害は発生しているんだ。誰かが責任を取らなければない。マークセルとそれから……ファシテリアくん、君たちの誰かがね」 「そんなのおか――」 マークセルはファシーに振り替えることなく制止させる。沈黙が流れる。マークセルは額に汗を浮かべながら、覚悟をしたように告げた。 「……私です。私のせいで今回のようなことになりました。責任の追及は甘んじて受けましょう」 「さすがは、マークセル。話が早いな。だけど君とそのダミードールとの関係は知っている。いっそのこと君ら2人を首謀者に据えてしまったほうがリアリティが増すと思わないか」 再び社長がファシーに目を向ける。下卑た笑みを浮かべながら、揶揄するかのようにマークセルと交互に見ている。 「私と彼女は!」 マークセルが大きな声を上げる。 「ただの上司と部下の関係です。親しい間柄でもなければ特別な感情を抱いたこともありません」 ファシーにはマークセルの言っている意図がわかった。それでも、その言葉はとてもつらいものだった。 マークセルが振り返ってファシーを見る。その表情は暗く、そして重いものだった。 「私の監督責任により今回のような事態を招いてしまいました。どのような罰も受けましょう。被害状況は不明。逃亡者は配達員6名と……配達長ファシテリア・ロングレイア」 一瞬の戸惑いの後、ファシーは理解した。マークセルが「逃げろ」と言っていることを。 ファシーはどうしたらいいかわからず、何を言えばいいのかもわからず、ただ、黙って、FASTに乗り込んだ。彼女は機体を動かし、船を後にした。進んでも進んでも海の上。今どこにいるのかはわからない。もう船がどこにあったのかも。引き返すことなどできない。前に進みつづけた。 あの後マークセルと社長の間でどうなったのかはわからない。 どれほど飛んだだろうか。陸地が見えてくる。FASTを停め外に出る。あたりには何もない一面の砂漠が広がっていた。今日あったことを思い出し、砂漠の真ん中で大きな声で泣いた。 その声は砂漠の夜空に響いていた。
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