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芽の出ない植木鉢
ルームシェア記念に連れてきた植木鉢――“オードリーⅢ”は、まだに芽を出さない。
リビングの窓際の鉢を覗き込めばこんもりした土の表面はみずみずしいのに、緑色の兆しは現れそうもない。
「日当たり良い所に置いてお水も毎日あげてるのに」
「肥料は?」
ソファからキョウちゃんが飲んでいたビールを置き、心配そうに私と鉢を交互に見る。
「あげてるよ」
「ちょっと見せて」
すると、陶器みたいな肌触りがつるりと私の首を滑った。背中越しにキョウちゃんが覗き込み、すべすべの頬が私の肌に密着している。
咄嗟に離れると、5秒遅れてキョウちゃんが気付いた。
「……ごめん」
「だ、大丈夫」
黙り込んだキョウちゃんは眉間に皺を寄せると、麗しい顔を台無しにして呟いた。
「これ本当に植物かな……実は人骨とか植えられたりして」
至近距離にほんの少しドキリとした気分が壊される。天然なのか、さっきのを気遣ってくれたのか――こういう所がキョウちゃんらしくて好きだ。
「もしも人骨なら栄養になりそう!」
「ポジティブ思考だなぁ」
一緒になって笑えば、違和感も消えた。
喉が乾いてカンパリソーダに口をつけると、ダークチェリー色のグラス越しに鉢植えが見えた。人工着色料の毒々しい赤を透かした土は黒く、窓の外と同じ色だ。
「このまま芽を出さないかも、私達みたいにさ」
いい感じで酔ってきた。乾いた声で笑うと、今度は真正面からキョウちゃんに顔を近付けられる。
「……そんな言い方、しないほうがいいよ」
伏せた長い睫毛が悲しそうで、小さく「ごめん」と頭を下げた。月明かりを受けた“オードリーⅢ”まで、なぜかしょんぼりしている。
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