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「もううんざりだ。うんざりだ。うんざりだ。うんざりなんだよ!! どうしてボクがこんな奴らを裁かなければならないのかっ!? 最初の死者だからってやんでこんな奴らを、ボクが見守らなくちゃいけない!!」
その豹変ぶりに私は恐ろしくて声が出せない。閻魔はこちらを見ていない。逃げるなら今なのに足が動かない。恐ろしい。
「こっちだ。こっちに!!」
「え?」
そこに居たのはお父さんだった。お父さんらしき人だった。その人は全身に文字を刻まれて、それが少しずつ剥げて血肉が見えていた。
「ごめんな。こんな姿で、本当は会うのも危険なんだが、娘を見捨てるわけにはいかないだろ」
「お父さん!? お父さんなの!?」
「説明している時間もおしい!! お前はまだ死んじゃいない。いいか? とにかく走れ!!」
走れっていったいどこに行けばいいの? わからない。
「それと絶対に自分の名前を話すな!! それさえ守れば、現世に戻れる。振り返らず、立ち止まらず走り続けろ!!」
「まてぇ!! 小娘ぇ!!」
「絶対に振り返るな!!」
閻魔とお父さんの声が重なり、私はがむしゃらに走り出した。戻る場所などわからない。途中で立ち止まりそうになる。視界の片隅に地獄で喘ぐ亡者達がこちらを見ていた。恐ろしかった。
それでも走る。走って、走って、そして、はっと目を覚ました。そこはガタンゴトンと揺れる電車の中だった。隣に座るおばさんが心配そうな顔をしていた。
「どうしたの、ずいぶんうなされたようだけど」
「大丈夫ですっ、本当に!! 大丈夫なんで」
ペコペコと頭を下げながら、気まずさで適当な駅で降りた。何も知らない場所、知らない人達が歩いていく。
「いっつも文句ばっかり」
それくらい言ってもいいじゃないと思うけれど、あの花畑で見た光景が、お父さんの痛ましい姿が頭に思い浮かぶ。
私はポケットからスマホを取り出すと、お母さんに電話した。
『もしもーし、どうしたの?』
「お母さん、あのさ、お父さんの墓参りとかしない? 今度さ。おばさんの結婚報告もしなくちゃいけないし」
『珍しいじゃん、菜月から墓参りーなんてさ。いっつも暑いーとか、面倒ーとか文句ばっかりなのに』
「嫌ならいいよ。私一人で行くから」
『冗談、冗談。じゃあ、お父さんの墓参りと、おばさんの結婚報告とその相手の四人で食事にしましょうか。菜月に紹介しなくちゃだしさ』
「え、いや」
いつもならぐちぐちと文句を言っていたと思う。
「うん。いいね。食事、何がいいかな」
『菜月、あんた何か変なものでも食べた?』
「失礼な!! もう切るね!! ちょっと知らない駅で降りちゃったから帰りは遅くなると思うけど!!」
ブチッと通話を切る。はぁーため息をつく、目の前には私の知らない街が広がっている。迷うかもしれない。もしかしたらトラブルに巻き込まれるかもしれない。それでも私は一歩を踏み出した。今を楽しむために。始めにおばさんの結婚祝いでも探そう。
「小西、ちょっといい?」
後日、教室で小西を捕まえた。きょとんとした顔がなんだか憎たらしい。もともとこいつのせいでよくわからない騒動に巻き込まれたんだ。
「あんたがこの前、言ってたじゃん。旅行はどうかって話」
「あ、うん。どうだった? 楽しかった?」
「楽しかったと思う。でも、正直、靴擦れして足はめっちゃ痛いし、迷うし、知らないおばあちゃんから道案内、頼まれるし、警察官すごーーーく怖いし」
あの不思議な体験は誰にも話すつもりはない。話したところで信じてはくれないだろう。
「でも、めっちゃ楽しかったって顔してる」
小西がへらへらと笑う。頭を小突いてやろうか。この男。
「楽しくない!! ちっとも楽しくない…………」
だから、だから今度は、
「小西も一緒に行こ。私一人じゃわからないしさ」
「え、え、僕が、一緒に?」
「小西が提案したんじゃん、ね。いいでしょ。はい。決まり!! スマホ出して」
「スマホ? あ、連絡先、交換とか?」
「当たり前でしょ。それ以外に何があるの?」
「ないです」
「よし決定!! 私のおばさんが今度、結婚するから、洋服とかたくさん買いたいのよ。小西は荷物持ちね。ちなみに拒否権はないから」
ちょっと待って、荷物持ち? おばさんの結婚? とあわてふためく小西を放置して私は教室を出た。
「あー緊張した。そういえば男の子と遊ぶの初めてだ、私」
私の中に芽生えた何か、あの時のきっかけに少しずつ、少しずつ変わっていきたい。そうしたいと願うのだ。今を楽しもう。ちょっとだけ文句を言うかもしれないけれど、精一杯やってみよう。
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