三日坊主?

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三日坊主?

私には趣味というものがない。熱しやすく冷めやすい。あれこれと始めたいと思うのにどこか違うと思うとやめてしまう。 「三日坊主ってやつねー、菜月[なつき]はさ」 親戚のおばさんが育てている花に水をまきながら言った。ふんふんと下手くそな鼻歌を歌いながら、こちらを振り向くことなく言う。 「坊主じゃありませーん。だって私は女の子だもん」 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、椅子に座って皮肉で返す。テーブルの上には映画化も決定した人気小説が置かれている。 「そう? 女の子でも、男の子でも他人にはない特別な何かがあるととてもすてきに思うけど?」 「えー、でもさー、クラスの男子ってアニメや漫画の話ばかりだしさ、サッカーや野球って暑苦しいよ」 「菜月と同い年なら、それが普通でしょ。恋愛は? 友達とそういった話はしないの? 私が中学生の頃はそういう話で盛り上がったのになー」 「恋愛なんて誰もしないよ。どうせ裏で陰口や文句ばっかりだし、SNSじゃ匿名だからって言いたい放題。少子高齢化ってこれが原因だと思う」 「いきなり哲学ねー、で、その小説はどうだったの? お友達からのおすすめだったんでしょ。おもしろかった?」 「おもしろかったけどさー、どうして知り合った相手がいきなり難病になるわけ? あと数ヶ月の命って恋愛するより、病院行きなさいよって話」 友達からすごーく面白いから読んでみてと借りてきたけれど、読んでみるとどうにもご都合主義が目立って楽しめない。 引っ込み思案の主人公が、初恋相手の難病を治すための物語だった。バトルあり、笑いあり、涙ありの長編ストーリー。うーん、お医者に行けばいいと思う。主に頭の検査をしてもらえばいい。 「菜月はなんにもないのね」 「えー?」 「何をしても文句ばっかり、あれはいや、これはいや、あーでもないこーでもないってそれじゃ続かないわ」 「お説教ー? やめてよねー、そういう小言はお母さんか、担任の先生でまにあってまーす」 「そういうことじゃないけど、ま、菜月がそれでいいなら私はかまわないけど」 「おばさんはガーデニングが恋人だもんねー」 「あら? 言ってなかった。私、来月、結婚するわよ」 「えーっ!! 嘘っ、ちょ、そんな話、聞いてないかどっ!?」 「言ったらぶつぶつ文句言うでしょ? 菜月にだけには秘密にしておこうって言われたのよ」 「それお母さんでしょ!!」 「あたり」 ニッコリと微笑むおばさんの結婚。それは嬉しいのだけれど、なぜか裏切られた気分になった。メールでお母さんにおばさんの結婚のことを聞くと、 『サプライズ』 たった一言だけ返ってきた。ダメだこりゃ。 嫌なことがあったとき、人はどうするだろう? とにかく大食い? それとも買い物? 何か趣味に見つける? 友達に聞いてみたけれど、どれも私には合わなかった。 おばさんの結婚が嫌だったわけじゃないけれど、どうにも納得できない。なんとなくむしゃくしゃした気持ちを解消しようと相談したのに。 大食いは太るし、ダイエットが面倒。買い物は欲しい物がないし、お小遣いが足りなくなるのは嫌だ。新しい趣味を見つけてたらこんなに苦労はしていない。 おばさんの言葉が頭の片隅に思い浮かぶ。貴方は何をしても文句ばかりよね。 「じゃあさ、旅行とかは?」 「旅行ー? お金ないよっ、あんた、誰だっけ?」 「クラスメートの小西[こにし]だよ。僕のことはいいけど、旅行と言ってもどこか目的地があるわけじゃなくてさ。電車に乗るんだよ」 「それでー?」 「それで適当な駅で降りて、街を歩く。必要なのは電車の料金だけだし、やめたい時は簡単だよ」 「うーん。考えとく、ありがとね。こ、コジマ?」 「小西」 「そうそう、小西、小西。ま、今度の休みやってみるわ。ありがとねー」 なんか定年後のおっさんみたいな趣味と思ったけれど、とにかく否定や文句をやめてみた。なによりやめたくなったら簡単にやめられるのがいい。 数日後の休日、お母さんに出掛けてくると伝えてから、電車に乗った。ガタンゴトンと振動に揺られながら私は外の風景を見た。 電車に乗るのはずいぶん久しぶりだ。お父さんとお母さんとお出かけする時は決まっていつも電車を使った。お父さんが車で運転するのが嫌いだったからとお母さんに聞いた。 (私のこういうところってお父さんに似たのかなー?) お父さんもあれこれ文句を言う人だった。それでトラブルになることは少ないけれど、いつも一人でぶつぶつと文句をノートに書き込んでいた。 一度だけそのノートを見たけれど、呪いのノートかと思うほどの愚痴と不満が渦巻いていた。そんなお父さんも病院嫌いが原因で数年前に亡くなってしまったけれど、あの人は最後まで変わらなかった。呪いのノートは、まとめて捨てた。呪われそうだった。 (それにしても、電車っていろんな人がいるんだなぁー) キョロキョロと辺りを見渡してみる。
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