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神経質そうなサラリーマン。スマートフォンで音楽を楽しむ大学生。眠いのかうつらうつらと船を漕ぐおっさん。家族旅行中らしき親子。おしゃべりが大好きなおばちゃん連中と様々だ。
彼らには、彼らの目的地があり、電車はそれを運ぶ鉄の箱。なら目的地のない私はいったいどこに進めばいいのだろう? どこに行くんだろう? ふと眠気がやってきた。
『おばさんはさー、どうしていっつも花のお世話してるの?』
『んー、それはね。小学生の頃、朝顔を育てることになったのよ。でも、その頃の私は他にやりたいことがあったから、朝顔を放置しちゃってた』
『枯らしちゃったんだ』
『そう。枯らしちゃった。で、私、なぜか泣いちゃったのよね。他にもそういう子はたくさんいたし、どうせ花はいつか枯れちゃうものなのにね』
おばさんはいつものように、こちらに背を向けて話す。
『それからかなー、ガーデニングを始めたのは、まぁ、そのせいで未だに独身だけど』
はっと気がついた時には、電車の乗客はいなくなっていた。誰もいない。どころか電車が停車していた。かつん、かつんと足音がする。
そこにいたのは車掌だ。こちらを見ている。
「お客さん、終点ですよ」
「あ、そうだったんですか、すみません。おります」
「ええ、急がなくていいですからね」
車掌の言葉を聞きながら、電車を降りた。そこにあったのは花畑と大きな川、白装束に身を包んだ青白い人達がノロノロと歩いていた。
「もう急いだところで意味はないですから」
シューっと電車の扉が閉まる。ガタンゴトンと電車が走り去る。
「旅の人ですか?」
「え、あ、はい。まぁ、旅行みたいな?」
いきなり話しかけられ驚く、そこにいたのは青白い顔をした少年だった。
「でさ、ここはどこ?」
「ボクにもわかりません。ただ、わかることはあの川を渡ったら幸せになれることくらいでしょうか」
「あ、そう、うん」
「とはいってもボクはまだ渡れませんけど」
「どうして? あそこにいる人達は渡ってるのに」
「あの人達は渡る権利を得た人達です。それがない人はここで過ごすんです」
「過ごすって一日ボーッとしてるの?」
「そうですね。そういう人もいます。ボクのように案内人の真似事をしてることもありますけど」
青白い顔をした少年は、大きな川を見つめながら言う。
「いつかボクもあの川を渡りたいです。どうですか? ここを案内してもいいですけど」
「お願いしようかなーって一面、お花畑だけど」
「見てみればわかりますよ」
少年がニヤリと笑う。なんだか薄気味悪い笑みだった。少年に案内されて最初に見たのは痩せた少年や少女だった。
誰もが無言で石を積んでいる。目を合わせずただ黙々と石を積む。崩れたらもう一度やり直す、何度も、何度も永遠に繰り返す。
「なにしてるの、あれ」
「これがあの子達が川を渡るためのやることですよ」
「石を積むのが?」
「そうです。次に行きましょう」
次に見つけたのは、痩せこけた人達だ。ここには老若男女、誰でもいる全員がなぜか裸で手足がいように細長く腹が膨れている。
何かを食べているようだけれど、燃えてしまって灰になって食べられない。それでも彼らは食べようと必死だった。
「あまり近寄らないほうがいいですよ。彼らは究極の飢餓状態ですから、貴方も食べようとします」
「冗談だよね」
「さぁ、どうでしょう。次に行きますか?」
次に進んだら、そこにいたのは血だらけの男や女だった。竹の柵で囲われた闘技場のような場所で血まみれになりながら殴り合っている。
その次に見たのは、艶やかな女? らしき物に群がる男達。その逆もある。爽やかな男? を愛撫する女達。私から見たらそれは醜い人形だった。腐っているのか蝿がたかって臭い。
さらに進んで、そこにあったのはお金と身体が融合した人達だった。足元から小銭やお札に代わり、それを奪い合い、それを懐に溜め込んでいく。
だんだん嫌な予感がしてきた。大きな川は三途の川、そしてここは、
「ああ、ようやく気がついたんですね。そうです。ここは地獄ですよ」
青白い少年がニヤリと笑う。バキバキと牙が伸びて額から角が生える。
「そしてボクがここを管理している閻魔です」
「地獄って、私は電車に乗っただけで、地獄に来るつもりなんて、ない」
「そうですか? 突然、死ぬこともありますよね。そういった人達を運ぶのがあの電車の役目なんですよ。ここで現世で背負った罪をすすいだ者達だけが川を渡る権利を得られる」
閻魔は言う。
「ああ、あと何人の罪を裁けばボクも向こうに行けるんでしょうねぇ。いいなぁ、いいなぁ、いいなぁ、ボクだけがこんなところで一人ぼっち、ずーっとずーっと醜い人間を地獄に堕してさぁ」
閻魔の目玉がギョロリと動く。
「君もそうだよ。あれが嫌だ。これが嫌だってわがままばかり、その可能性にも気がつかないことのなんたる愚かなことかっ!!」
閻魔が叫ぶ。ガタガタと身体を震わせてよだれを垂らして叫ぶ。血涙を流して叫ぶ。
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