酔っ払って恋

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土曜日。私は陽射しのまぶしさに負けて目を覚ました。  もう朝か。  いや、訂正。  時計見たら昼だったわ。  頭いてえ。胸焼けキツイ。胃がしくしくする。  一般人ならこの身体の不調に、何が起ったのだ、どんな病気なのかとうろたえるかもしれない。  しかし私は冷静だ。  だってこれは単なる二日酔い♪  今日が休みだからって、昨日の晩はしこたま飲んだんだもん♪  アハハ。前言撤回♪ 誰でも二日酔いだってことくらいわかるよね♪  私は気分の悪さを誤魔化すために、あえてリズミカルに独り言をつぶやいてみたが、気分はアガることはなく、逆に己のバカさに呆れた。  私は、ふう、とため息をついて昨日の夜のことを思い起こした。  昨日、つまり金曜日の夜。  私のある計画は、いきなり頓挫したのだ。  そして、なにがなんだかわからないうちに、酒だけは進んでしまい、こうして泥酔後の二日酔いの朝を迎えてしまったわけなのね、うん。  さーて。では、せっかくの休日。これからどうしようか。  と、回らない頭で考え込んでいると、ドアをノックする音がした。 「ねえ、亜樹ちゃん、起きたあ?」  私の返事を待つこともなく、乙女の寝室にずかずかと入ってきたのは、香月琢磨。  高校、大学と同じで、しかも部活、サークルまでずっと一緒という、もはや遠慮など不要な仲の男友達。  いわゆる雑魚寝が出来る仲で、実際なんどもサークルの部室で、雑魚寝したことがある男。  腐れ縁と言ってもいい。  お互い会社員になった今だって、暇を見つけてはうちによく来て、泊まっていく。  もちろん奴にはリビングで寝てもらうが。  しかしそれは単に、私がベッドで寝たいという理由からだ。  一緒に寝ると狭いのよね、シングルベッドだから。  だからこれは日常的光景。  特に変わり映えのしない、ありきたりな休日の朝。いや、もとい。昼。  ……ではないはずなのだが。  もっとこう……今日の私と香月琢磨の間には、なんていうんだろう。  緊張感的なものが走っていていいはずなんだが。  ほらさ。  目を合わせるのが照れるから、つい目をそらすとか。  ……でも、ばっちり目を合わせていやがるし。  声をかけるのに緊張のあまり、どもってしまうとか。 「あーあ。また亜樹ちゃん部屋散らかして。掃除させてもらうよ? いいよね?」  ……淀むことなくしゃべってるし。  平然としておる。  ところで、琢磨が私の部屋の掃除を申し出るのは、いつものことだ。  というのは、琢磨は四人きょうだいの長男で、共働きのご両親の代わりに弟妹たちの面倒をみていたこともあり、人の世話を焼くの趣味みたいな男なのだ。  だから私のような散らかし屋は、琢磨にとっては、キャンプが趣味の人が、キャンピングカーを手に入れたようなものなのかもしれない。  私はとりあえず琢磨に調子を合わせて、礼を言った。 「……あんがと。頼むわ」  琢磨は笑顔を見せた。 「じゃあ、掃除機とってくるね」  しかし私は、琢磨が出て行ったあと、奴が『散らかっている』と評した私の寝室に、えらいもんが落ちていることに気づいてしまった。  私のパンツだ。  洗濯したのを、衣装ダンスにしまい忘れたか?  いや、違うね。  だって今私、掛け布団の中の下半身が、すーすーしているもの。  ありゃあね、なんというかね、私が寝る前に脱いだパンツだ。間違いない。  昨日ベッドに入った時の記憶さえないから、無意識のうちに脱いじゃったんだろうね。  しかし、どうしてこう、ノーパンで寝る癖が直せないかなあ。  やっぱ、パンツの締め付け感が熟睡を妨げるような気がするからかなあ。  まあ、それは今後の課題にとっておこう。  ともかく今やらねばならないことは、パンツの救出だ。  私は一応、乙女の恥じらいとして、ブランケットをスカート代わりにして、床に落ちていたパンツを救出した。そして、掃除をするという琢磨に見られないよう、ベッドのシーツの下に隠した。  続けて私は、衣装ダンスを開けて、洗濯済みパンツを取り出し、履いた。  よし、これで完璧。  ……私はな。  だがアイツ。香月琢磨はどうなんだ?  部屋が散らかっていると言った時に、奴はパンツを発見していたはずだ。  よしんば、使用済みものだとはわからなかったにしても、洗濯後だと思っていたにしても、私のパンツを見て、なんのリアクションもないってどういうこと?  だって、昨夜、『もう友達じゃ嫌なんだ』って言ったの、てめえだろ?  私を、その、ずっと、あの、好きでした。付き合ってください。  そう言って、顔を真っ赤にして告白してきたのは、てめえじゃなかったのか?  あ、そうだ。  私は思い出した。  そう言えばあいつ、こうも言ってたな。 『返事は今でなくていいから。それまでは、今まで通りに接してもらった方が有難いし、僕もそうするから』  言った言った。  確かに言ったわ。  そーかそーか、だから平然としているわけか。  ……って、ちょっと待てい!  そういうもんなの? 男って。つか、そういう人間だったっけ、琢磨って。  有言実行、言行一致が信条みたいな、堅苦しいだったか?  あのさあ、文句を言うわけではないが。  文句じゃないよ。  たださ、ちょっとは動揺したそぶりとか、無理して平静を装っている感じとか、そういうチラ見せはないのか。  へっへっへ、そうか、やっぱりコイツ私に惚れてやがる、なあんていう、女の自尊心をくすぐるような態度はとれんのか。  そしたら私だって……。その……。  あれ?  いや。  いやいやいや。  ちょっと待て。  私はあることに気づいてしまった。  恐ろしいことに、気づいてしまったのだ。  ……もしかしたら、ヤバイのは私かもしれない。  ぞぞぞぞぞ、と背筋に寒気が走る。  いかん、冷静になろう。  冷静になって、よく考えなければならない。  何をってそりゃあ、昨夜の私と香月琢磨のことを、だよ。
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