プロローグ

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七夕を選んだのには、特別な理由があるわけではない。しかし逆に、特別な存在だからこそ、七夕という縁起の良い日を選んだのかもしれない。 必ずこの恋が実りますようにと、私は天の川に祈りを込めた。 しかし、ことはそう簡単には運ばなかった。あれだけ強く覚悟を決めていても、いざ七夕祭りが始まって彼の姿をひと目見てしまうと、やっぱり無理だ、言えないと気持ちがしぼんでいってしまった。 祭りそのものは楽しかった。二人でりんご飴を食べたり、射的をしたり。しかし、それらの要素は私の勇気を後押しするようなことはなかった。 そして花火が始まった。私たちはベンチの一角に座って、それを眺めていた。ここで告白するなら、もはやこのタイミングしかない。それは分かっていた。分かっていたはずなのに。 「ねえ」 花火がすべて終わったあと、私は絞り出すようにそう声を出した。 「なに?」 彼もどこか上ずった声で問い返す。 「…」 でも、次の言葉は出てこなかった。 「ううん、何でもないの」 「そっか」 彼はどこか寂しげに応えた。 もはや、私はすべてのチャンスを失ってしまったと思った。花火やその場の雰囲気に後押しされながらでも一つの言葉も出てこなかった私が、他のタイミングで言葉にできるはずもない。それは、彼にしても然りだ。 私は自分の情けなさに、涙が溢れそうになった。 でも、最後の最後で神は私を見捨てないでいてくれた。 自分の泣き出しそうな顔を見られたくなくて、私がベンチから立ち上がろうとしたまさにその時だった。ポケットに中途半端に入れていたスマホが飛び出して、地面に落ちていった。 が、それを星一が見事な反射神経で受け止めたのだった。 「ほら、落ちたよ。ダメじゃん、ちゃんとポケットに入れとかないと」 私がありがとうと言って彼からスマホを受け取ろうとしたとき、彼の指が電源ボタンに触れて、スマホの画面がピカッと光を放った。 そこに写っていたのは、彼と私のツーショット写真だった。 「あっ、これって…」 彼は驚いたようにその画面を見た。そしてみるみるうちに彼の顔は暗闇でもわかるほどに赤くなっていった。 「あの…っ!」 その時、なぜ私に勇気が出たのかは分からない。一歩を踏み出せたのは神様が私の姿を見て、あまりにも情けなく思って同情したからなのかもしれないし、もっと他の理由なのかもしれない。 理由はわからない。 でも、私にとってあれは奇跡のような時間だった。 もう二度と訪れることはないであろう、幸せな時間だった。 夜空をつなぐ天の川の無数の星が、私たちをどこまでも優しく包んでいた。
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