本編

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その男は何本かめの煙草を灰皿に押し付けると、グラスを上から掴み、グイと喉に流し込んだ。 顕になる首筋の躍動がはだけたシャツの中に仕舞われたストイックな身体を想像させる。 軍人でありながら肩まで伸ばした黒髪は緩くウェーブがかかり、その隙間から覗く目尻の下がったアメジストの瞳は気だるげ。 ワイルド&セクシー。 何気ない仕草にも、いや、何もしなくても濃厚な男の色気を漂わせる罪深き男。 彼はこの界隈では有名な女泣かせのヴァルターだ。 概して出世が遅いと言われる軍人の世界において、彼は三十を少し過ぎた若さにもかかわらず既に『中将』という肩書を持つ。 つまり、仕事も出来る男なのである。 バーテンダーは店内を見回し、男に熱い視線を送るご婦人方を数える。 「今夜は七人かぁ」 「またやってんのか、お前」 男は呆れた顔で見上げる。 「さすがヴァルター様。色男ぶりは健在っすねぇ。今夜も選り取りみどり、羨ましい」 「人のこと言えるか。お前が度々客に手を出してんの知ってるぜ?言っとくが、強い酒を飲まして持ち帰ってんなら犯罪だからな、しょっぴくぞ」 「職権濫用はアンタでしょう?肩書きを利用してギャップで女を落とすとか」 「人聞きの悪ぃこと言うな」 男は胸から取り出した煙草ケースの蓋を親指で弾いて開ける。 数回揺らし飛び出した筒に口を寄せるが、思い直したらしく、蓋を閉じて胸ポケットに戻す。 「おや、禁煙ですか」 「…いや、今夜は控えようと思ってな」 バーテンダーは首を傾げた。 そう言えば、酒も余り進んでいないようだ。 ヴァルターは落ち着かなげにカウンターを指で叩く。 バーテンダーはピンときた。 「珍しい、もしかして誰かと待ち合わせですか?」 ヴァルターは恐ろしくモテる。 故に特定の女は作らない。 その殆どが一晩限り。 もしくは、遊びに限ってなら再び会うことも可能だとか。 抱えるセフレは星の数ほど。 後腐れない関係で、旺盛な性欲を解消する根っからの遊び人だ。 「ああ…まあ…な」 珍しくも歯切れが悪い様子で答える。 「そんなソワソワしているヴァルターさんを見れるなんてね、これは歴史的瞬間に立ち会える予感がしますよ?!」 「てめぇ、俺で遊ぶな。絞めるぞ」 軽口を叩き合う内に店のドアチャイムが鳴った。 扉を開けて入ってきた女性客を見て、店内は僅かにざわめく。
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