めばえる、めばえる。

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 ***  どうにも、先生の様子がおかしい。  あたし達のチューリップが、とんでもない速さでぐんぐん成長していくにつれ。先生の顔色は、どんどん悪くなっていく。  チューリップがしっかり大きな葉をつけ、茎を伸ばし。それぞれ、黄色とピンクの蕾をつけた頃――ついにあたしと遊子ちゃんは、先生に問い詰められたのだった。 「お願い、本当のことを言って!」  先生の顔は完全に血の気が引いて、青いどころか真っ白だった。二つ並んだあたし達の鉢植えを指さし、悲鳴に近い声で叫んだのである。 「貴女達は何を植えたの?本当は何を植えたのよ、ねえ!?」 「せ、先生何言ってるの?どう見てもただのチューリップじゃん!育つのすごく早いけど、でも」 「あれがチューリップなわけないでしょう!?どこをどう見たらチューリップに見えるのよ!!」 「え……!?」  訳がわからなかった。昼休みの時間。周りにはたくさん子供達がいる。溝口先生が金切声で叫ぶので、他の先生も駆けつけてきてしまった。花壇の前、あたし達の鉢植えを見て――明らかに先生は、何かに怯えている。  否。  何か、おかしなものが見えている? 「先生どうしたの?ねえ!?」  あたし達は何度見ても、少し背が高めの、早く育ってしまっただけのチューリップにしか見えなかった。やがて、溝口先生が喉の奥から呻くような声を上げ始める。その眼が凝視しているのは、二つのチューリップの蕾だ。  あたしは、見た。  ゆっくりと、蕾がふっくらと膨らみ、花開こうとしているのを。映像でも、早送りでもしない限り花が咲く瞬間など見ることができないはず。それなのに、あたし達が見ている前で黄色とピンクの大きな蕾が大輪の花を咲かせようとしている。花びらが動き、その隙間を徐々に開けていくのだ。  まるで、先生の存在に反応したかのように。意思が通じる、生き物であるかのように。 「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」  先生が濁った悲鳴を上げて、二つのチューリップに掴みかかろうとした瞬間、強い風が吹いた。凄まじい突風。眼を開けていることができず、あたしと夢ちゃんはぎゅっと目を瞑ってお互いに捕まるようにして蹲った。真っ暗な闇に響き渡ったのは、がっしゃあああああん!という大きな音。窓ガラスが割れる音だと、すぐにわかった。  そして、風がやんだ直後。 「きゃあああああああああああああああ!」  近くで見ていた生徒や別の先生の、絶叫。恐る恐る目を明けたあたし達が見たものは――鉢植えを飛び越え、校舎の窓ガラスに頭から突っ込み、教室の中にダイブしていた先生の姿。  言葉も出なかった。  溝口先生の全身には窓ガラスが突き刺さり、顔もわからないほどズタズタの有様になっていたのだから。既に助からないことは、火を見るよりも明らかだった。 「ゆ、夢、ちゃ……見て……」  震える声で、遊子ちゃんが指さした先。あたしは気づいてしまった。  あたし達の黄色とピンクのチューリップが、満足したかのように大輪の花を咲かせ――ゆっくりと枯れていったのを。  それから、暫く後になって。  あたし達は知ることになるのである。休職した河合先生が、実はいじめに遭って心を病んでしまっていたこと。いじめていた相手が、なんと同じ学校の先生だったこと。そしてその主犯が、どうやら溝口先生であったらしいことを。  溝口先生は、あたし達のチューリップを見てからずっと職員室でも様子がおかしくなっていたという。  別の先生は、こんな風にぼやいている先生を目撃していたそうだ。 『なんで指の形をした芽が出るの、なんで人間の腕が生えてるの、なんで、なんでなんでなんでなんで』  と。
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