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駅の方面に向かうのとは逆の方向に十分ほど歩くと、アオイのアパートはあった。
この前家賃が払えず追い出されたセナのアパートよりはマシであったが、古ぼけて外壁が煤けたような色のアパート。
エレベーターは無く、階段を登る。
「ボロいでしょ」
「俺んとこよりは全然いいですよ」
薄そうな扉のドアノブに鍵を差し込む大分古いタイプの鍵穴に、アオイがカギを差し込み回すと、がちゃっと大きな音が鳴る。
最近のピッキングされづらいカギとは縁遠そうなシンプルな昔ながらの鍵。
アオイが鍵を開けていると、隣の扉が開いた。
中年の男が出てきた。
アオイと男は会釈し合ったけれど。
男のべったりとした視線がアオイに向けられたのが気になった。
アオイは決して目立たないが、わかる者にはわかるのだろう。
「すごく狭くて恥ずかしいんだけど……どうしたの?」
去っていった中年男の猫背に視線を飛ばしていると、アオイが首を傾げた。
「……何でもないよ。あ……でもさすがアオイさん。綺麗にしてるんだね」
六畳一間築三十年超えのアパートらしいが、押し入れを上手に使っているのか、すっきりと片付けられていた。
「お湯溜めるからお風呂使ってね。エアコン無くてごめん。昼はきついけど夜は窓開けると割と涼しいよ」
少しの間お風呂を先に使うよう譲り合って揉めたけど、結局セナが先に入ることになった。
アオイの浸かった風呂に入るのはちょっと興奮するかも、なんて考えが一瞬頭を過ってしまった。
いくらなんでも変態的すぎるだろうと思いと純粋に風呂を勧めてくれるアオイに申し訳ない気持ちも湧き、セナが先に引いて風呂に入ることにした。
セナが風呂から出ると続いてアオイが風呂に入った。
バスルームからはシャワーの音が響いている中、家主不在の部屋を見渡す
小さなテーブルの上の端には難しそうな教科書とノートがきっちりと重ねられていた。
部屋の様子からは几帳面で生真面目な性格が滲み出ていた。
悪いとは思ったが、ベッドの傍らに置かれているチェストがどうしても気になってしまった。
だめだと思うのに、どうしても抑えられなくて、一番上の引き出しを開けた。
「……そんなわけないか」
引き出しの中には乾燥肌のアオイがバイト中にもよく愛用しているハンドクリーム。
それとこの前面白いと言っていた推理小説とファンタジーものの漫画。
それらを見つけてセナは呟いた。
待っている間、気持ちを落ち着かせるために漫画を読ませてもらおうかと手に取った。
「……っ」
漫画をどけると、その下に見えたものにセナは息を呑んだ。
漫画の下から現れたのは性交時の潤滑剤として使用するのが目的のローションと避妊具の箱。
セナ自身だってこれまで避妊具なんてこれまで何度も何度も手にしたことがある。
当然手に取るのだって初めてのはずはないのに、その箱を手に心臓が取ると心臓が早鐘のように脈打った。
少しだけ使われた形跡があるのはアオイが自身を慰めるために使用したのか、それとも他の誰かと使ったというのか。
落ち着かせるように深く息を吐いた。
だが黒い嫉妬が胸に去来するとともに、どろりと纏わりつくような爛れた愛しい人に対する妄想が中々消えない。
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