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雨は嫌いだ。 視界いっぱいに広がる灰色の直線模様が、シュレッダーように前に進もうとする気持ちを粉々にしていく気がするから。 傘から滴る雨粒からじんわりと広がる冷たさと不快さに、蝕まれていくような気がするから。 地に落ちるたび、負のエネルギーをばらまいているかのような雨粒を、ただ迎えることしかできない哀れな背中を思い出すから。 雨に関して1つでもいい思い出があれば、ここまで毛嫌いすることはなかったのかもしれない。 しかし齢17歳、これまでの人生、雨に不安をかきたてられ、ネガティブ思考に押し潰されそうになったことはあれど、水も滴るいい女などといった、ポジティブの権化のようなシチュエーションに到ったことなど一度もない。自然現象を自分を飾るアクセサリーにしてしまう精神は、ほんと、見上げたものだ。私にこびりついたネガティブ思考からは、天と地が手を取り合ってタップダンスでも踊らない限り出てこない。 雨は嫌いだ。 それは同時に、自分のこのネガティブ思考が嫌いということだ。一度沈むと中々浮上できない。パンパンに膨らんだ救命胴衣を常時着用しているようなポジティブ人間に私もなりたかった。しかしまあ、人の根本などそうそう変わらない。せめてこれ以上、ネガティブを拗らせないように、雨の日はなるべく雨を感じないように過ごすだけだ。 でも今日は。今日はもういい。負の感情を、自分の身体におさめておくことが耐えられない。これでもかというくらい、増幅してほしい。そしてこのまま膨らみに膨らんで、闇堕ち主人公のように、どす黒いもやもやが毛穴という毛穴から放出されて、闇の力でも手に入れてしまいたい。 学校帰り。左手には近所の寂れた公園。甘酸っぱい匂いのカップルも、さすがにこのどしゃ降りではプロポーズでもしない限り絵にならないと判断したのか、公園には誰もいない。 これ以上ないシチュエーションだ。 傘を投げ捨てる。 雨粒が一斉に私を撃つ。 雨音が聴覚を支配する。 打たれてる。雨に。大嫌いな雨に。 負の感情が膨らむ、膨らむ。 叫びたい。喚きたい。 開ききった私の口から、今、 「うわああああああああ」 え? すぐ左隣から叫び声? 反射的に左を向く。 「ぐわああああああ」 めちゃくちゃ叫んでる…泣き叫んでる… え…? 誰…? 思わず後ずさりをする。 こんなに近くにいたのに全く気がつかなかった。自分のことでいっぱいいっぱいになっていたのだろうか…それにしても… 「うあぁぁうあぁぁ」 なんて悲痛な声なのだろう。世界中とまではいかなくても、小国くらいの悲しみは背負っていそうな悲壮感だ。というか… 「王子様かよ…」 思わず呟く。叫び声の主の容姿は、小さい頃何かしらの絵本で一度は目にしたことのあるテンプレート王子様だった。雨に打たれてもなお輝くブロンドヘア、透き通った白い肌、遠目に見てもわかる手のこんだ豪奢な衣装。目はつぶっているため瞳の色は不明だが、多分サファイア埋め込んだみたいな感じだろうな… 「うっうぅぅ…うっうぅぅ」 叫び疲れたのか、小さな嗚咽が聞こえる。 完全に自分が叫ぶタイミングを失った…今からバトンタッチで叫び始める気も全く起きないし…あれだけ膨れ上がっていたはずの負のエネルギーは、目の前で起きている現象に対しての困惑に変換されてしまった気がする。 それにしてもどうしたものか… ひとまず放り投げた傘を拾う。 このままひっそりと立ち去るか…でももしこのテンプレ王子がこのまま誰にも助けてもらえず、最悪の道を選んでしまったら… 頭の中に次々と、ネットニュースのタイトルが浮かんでくる。 『若き外国人の青年、飛び降り自殺か』 『20代男性、電車にはねられ死亡』 『自殺の数時間前は女性と2人で公園にいたとの情報あり、痴情のもつれか』 だめだだめだだめだ。話しかけるんだ。そして警察か、できれば自宅まで送っていこう、そうだ、そうしよう。でもなんて話しかければいいんだ、そもそも日本語が通じるのか、本当にどこかの国の王子様だったら問題にならないか… 「君は誰だ?」 透き通った男声に、はっと顔をあげる。 予想以上に透き通ったサファイアの瞳を携え、テンプレ王子が私を見る。 いつの間にか泣き・喚き・叫びは全て終了していたようだ。日本語が話せるようで助かったけれど、なんて答えよう…。一瞬ためらったが、今は彼の特異な外見をすべて脇に置いて答えることにした。
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