君へ。

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君へ。

『 瑚珀へ。  この手紙は、あなたに届くことはないと思います。 それでも、私は最期にあなたへの想いを綴りたかった。ただそれだけ。わがままでごめんなさい。 まず、私はあなたには謝らなくちゃいけないことがたくさんあると思います。 一番は、ごめんね。これかな。  私、あなたにたくさんひどいことを言ってしまった。きっと傷つけたでしょう。私、あなたが大人びてるからって少し誤解していた。あなたなら大丈夫だって、思ってしまったの。あなたはとても賢い子だったから。 でも、いすずから…あなたのお母さんからあなたが傷ついていると手紙で知って、私は間違っていたと気がついた。あなたは賢くて、人一倍大人びた子だけれど、それ以上に、とっても優しい子だということを、私はこの時になってやっと思い出したの。 この場で吐き出しても、許されるかは分からないけれど。だけどね、一つだけ絶対に言えるのは、私はあなたを愛していなくて、あなたが邪魔で、あなたのことが嫌いだったのではなかったということ。あなたに言った言葉は、全部嘘だった。 お母さんね、結婚に失敗してしまったの。 だから、あなたにお父さんという存在を与えられなかった。 それでも、あなたを私だけで育てていけると思った。二人だけの世界で、二人だけの愛情を育めればそれで良いのだと、私は思っていた。 でもね、いくら働いても、どうしてもお金が十分じゃなかった。 私の実力が、力が足りなかったの。 昨日のことのように覚えてる。あなたは、私が仕事に行っている間に勉強して、自分で字を覚えて。読み書きまで、できるようになったって、私に嬉しそうに見せてくれた。 何もない、この狭い平屋で、つまらないし、寂しいはずなのに、一回も文句なんて言ったこともなくて。 いつ帰っても、玄関まで走って来て、おかえりって、笑って言ってくれるの。 私に勿体無いくらい、良い子だって知っていた。すごく賢い子だってことも気がついてた。 だから、私は、どうしてもあなたをそのままにしたくなかったの。 私みたいに、貧乏で、ろくに一緒に遊んでくれなくて、幼稚園にも行かせてあげられないような母親の元じゃなくって。 もっと、あなたの才能を活かしてあげられて、一緒にあなたのことを考えてくれて。 父親のいるような。 そんな、温かい家庭にいたら、きっとあなたには今の私との貧相な暮らしとは真逆の、素敵な未来があるはずだった。 あなたに、幸せに、なって欲しかった。 だから、龍神さんのところに、直接頼みに行ったの。私が無理やりお願いしたけれど、でも、あの二人ならきっとあなたのことを本当の息子のように扱って、接してくれるって分かっていたから。 それに、私の家系は代々短命なの。 きっと私だってそんなに生きられない。もし病気になったら絶対に私は病院には行かないって決めていたし、多分あのままあなたを育て続けている中病気になっていたらあなたを一人あの平屋に残してしまうと思った。それだけは、絶対に嫌だった。あなたにそんな苦労の人生なんて歩ませたくなかったの。 実際、今私は肺癌になってしまったし……もうきっと長くないって、分かってる今だから、尚更選択が間違っていなかったと思ってるわ。 あなたの中で、私の存在が最低なものだって記憶されればそれでいいと、思ったの。私といない方が良かったんだって、私と離れられて良かったんだって、思って、それで。それで、それで。 あなたが、私を忘れて幸せになってくれれば、良いんだって、そんな自分勝手。 そうやって、私は、あなたに嫌われるように、思ってもないことを言って、人格まで変わったようにして、冷遇した。 ああ、なんだかもう、すごく最低なことをしたってよく分かるな。ごめんねで、一言で、終えられるようなことじゃないんだって、分かってるんだけど。 本当に、私は、どうしようもない人間だって、ダメだって分かってるんだけど。母親なんて、資格ないのかもしれないけれど。 私は、何度も、何度もあなたのことを思って。何度も会いたくなってしまう。こうして、ペンを握っている今でも、ずっと。 いすずが送ってくれる、写真の中のあなたが大きくなって。 季節が巡って。 それを繰り返すことが、私はすごく嬉しくって。少しでも長くあなたを見ていたくて、部屋に写真を貼って、気がついたら、あなたの写真が壁一面に貼ってあってね。他の人には見せられないな、なんて思って、でも。 でも、その嬉しさの側に、あなたと一緒に過ごしていたら、私の隣でこんな風に大きくなっていたのかなって、そんな思いがよぎって。ちょっと寂しくなってしまった。 あのね。 あなたに、瑚珀に、伝えたいことがあるの。 私は、幸せだった。 あなたという宝物を授かれて、一緒に過ごせて、成長を見守れて。 母さんは、とても幸せでした。 「母さん」って、あなたが言ってくれるだけで、私はなんでもできるし。 「おかえり」って、たったそれだけで、どんな疲れだって無くなった。 私は。 母さんは。 愛するあなたが、この世界のどこかにいて、そこで、息をして、ご飯を食べて、安心して寝れて、たくさんの人と楽しくお話ししていたら、それだけで、それだけで幸せなの。 だからね。 あなたがどこにいても、何をしてても。 どんな選択をしても。 誰かがあなたを否定しても。 例え、あなたがあなたを嫌いになったとしても。 母さんだけは、瑚珀の永遠の味方で、ずっとあなたを応援しています。 ずっと、上からあなたを見守っています。一人じゃありません。 だから。 あなたは、幸せになりなさい。 もしあなたが傷ついているなら、どうか、忘れろとは言わないから。 その傷を癒せるぐらい、幸せになって、私に見せて欲しい。 あなたはその資格も、権利も持っている人だから。 誰かを愛し、愛されて、そして80億通りのうちの一つの、素敵な幸せを見つけなさい。 それが、私のたった一つの願い。     今までも、これからも、ずっと。 愛しています。大好きよ。 いつまでも、永遠の愛を込めて。 佐伯瑚登里』       
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