白夜

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母の心情と共に綴られる、日常。 俺は、その一つ一つに触れながら。 何故か目の奥が熱くなるのを堪えてただ、ページを大事に捲った。 角の目立つその文字こそが、母の生きた証で、日々で。 それが知れただけで、それだけで、十分だと思った。 「それだけじゃないんだよ、瑚珀君」 しかし、まるで俺の心情を読むように宗一郎さんが俺に穏やかな目を向けた。顔を上げると、優しく微笑まれる。 「10月3日を、見てごらん」 その言葉に俺は不思議に思いつつ、言われるがままに紙を捲り、10月3日を探した。それまでに書かれていたことには、近所の人との出来事や、藍野の来訪、母自身の過ごした日々についてのことだった。 やがて、一つ前の9月23日を見つけた。捲る速度を遅め、そしてそっと次のページを開いた。 「…っ!?」 その瞬間、目に飛び込んできたものに俺は瞠目し、息を呑んだ。隣の西連寺も小さくハッとしたのが分かった。 そのページは、今までの日記とは決定的に違うことが一目で分かるようになっていた。 日付の下、それまでと同じように綴られる文章の、その下。そこにあるのは、文字ではなく。 「それがきっと、君の探している答えだよ」 写真だった。 それも、一枚ではなくて、5枚ほど。大小異なる写真が、テープで丁寧に貼られている。 共通しているのは、全て俺の写真だということで。 ジャージを着て無表情を浮かべた俺が、台の上でマイクを握って話している写真。走っているところ、クラスメイトと言葉を交わしている様子、響に肩を組まれている場面、記念撮影で撮った集合写真。その全部、全部俺にピントが合っていて、見ただけで俺メインだと分かる。 しばらくして、やっと気がついた。これは、去年の体育祭の時の写真だ。 どうして、という疑問と共に、俺は文面に目を通す。 『10月3日 今日は、あの子の。瑚珀の体育祭だった。 日にちだけは覚えていた。毎年、行事だけはカレンダーに書いて忘れないようにしていたから。行けないし、姿は見れないけれど。でも、それが習慣で、あの子が行事に参加しているのだと思うだけで、想像するだけで私は良かった。 行事の日は、年に少ない私の楽しみだった。何故なら、いすずが私のために行事の様子を撮って写真を送ってくれるから。といっても、いすずも完治さんも忙しいから、大体は龍神家の関係者の方が代わりに撮ってくれているそうなのだけれど。 今年も、二人の厚意であの子の写真を送ってもらった。あの子とは決して接触してはいけないから、絶対にあの子に会えない私にとって送られてくる写真は、本当に心の支えみたいなもので…その全てが宝ものだった。 今年は5枚。同封されていたいすずからの手紙によると、あの子は去年風紀委員会に入ったそうで、多分このマイクを持っている時の写真は運営とかの時の写真なんだろうな。 あ、これはリレーかな、すごくかっこよく写ってる。 こっちは作戦会議中なのかしら、真剣な顔も似合うなぁ。 こっちはお友達だろうか、肩を組まれてちょっとびっくりした顔が可愛い。 集合写真はセンターなのね、さすが私の息子。 いろんな感想を抱きながら、私は一日中写真を見つめた。親馬鹿と思われるかもかもしれないが、親の贔屓目なしに見てもあの子は顔が綺麗だと思う。 立ち上がって部屋に行って、私はいつものようにその写真を壁に貼ろうと思ったけど、テープを切った時にやっぱり思い直した。 これは、日記に貼ろう。 せっかく最近書き始めたのだし、私が死ぬ時持っておけるものに貼っておきたかった。この部屋で死にたいけど、そうなるとは限らない。日記なら持ち運びができるし、すぐに開ける。 貼った後に、何だかそれだけで終わらせたくないなと思って写真の下に日付とコメントを書いた。なんかアルバムみたい。私はあの子のアルバムはおろか、写真だって撮ったことはほとんどなかった。今更後悔してももう遅いということはとっくの昔に知っているけれど、とことん最低な母親だったに違いない。 でも、良いの。 私は、どれだけ嫌われても、憎まれても、たとえ忘れられても。 それでも私は、ずっと、愛しているから』
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