アスター

2/18
前へ
/200ページ
次へ
龍神side あの後、俺と西連寺は迎えに来た司さんに車で学園まで送ってもらい、先ほど別れた。現在午後八時、明日も学校ということで司さんはまた今度話を聞かせて、と一言告げて颯爽と去っていった。全てが終わったせいか途端に眠気が襲って来たので、俺も西連寺と寮まで歩いて一言二言言葉を交わした後すぐに自室で眠ってしまった。 そして迎えた翌日。 起きて、机の上に母の日記が置いてあることに気づいて俺は少しほっとした。昨日の出来事が全て長い夢だったのではないかと、不安だったから。 日記は紗代子さんと宗一郎さんが帰る時に、わざわざ引き留めて渡してくれたものだ。二人とも、俺が持つべきだと言ってくれた。 「…………母さん」 俺は日記が日に当たって傷まないように、空の引き出しにそっと収めた。そしてシャワーを浴びた後、タオルで頭を拭きながら朝食を作る。早めに起きて良かった。いつもと同じ時間に起きていたらおそらくもっと余裕がなかっただろう。 支度を終えて部屋を施錠し、そのまま風紀室に向かった。昨日は無理を言って欠席してしまったので、みんなに迷惑をかけた。今日は二日分の働きをしなければと勇みドアを開け中に入る。1時間程度作業できるだろうか。 中は片付いていて、亘が片付けてくれたのだろうなとすぐに合点がいった。放っておいたらすぐに書類で雑然とするので、俺はデスクを定期的に片付けるが、その仕事はしっかり亘がこなしてくれていたようだ。書類も期限の近いものから片付いていて、後は俺が承認印を押せば良い状態になっているものと未閲覧のものに分けられている。まず印を押す必要のある書類から片付けることにした。 30分ほど経ったところで、気分を変えようと窓を開けて立ち上がる。早朝の空気は澄んでいて好きだ。窓を開けて空気を入れ替えていると、後方でドアがガチャリと開いた音が聞こえて、多分亘だろうと予想して振り返った。 「おはよう、亘」 「……っ、」 半開きになったドアの側に立っている亘に、いつも通り少し笑んで声を掛ける。すると亘は俺を見て小さく息を呑んで、ツカツカとこちらに歩み寄って来た。当然だがそれほど距離もないためすぐに俺の目の前まで到着し、何かを言うのかと思ったが、亘はそれっきり動かなかった。 「……亘?」 その珍しい反応に俺は思わず首を傾げる。俺は何か、変なことをしただろうか。 どうすればいいのか分からず、風紀室に沈黙が降りる。こんなことは初めてで、俺は若干戸惑いながらも昨日の礼を言うべく口を開いた。 「亘、昨日は───っ!」 ありがとう、と肝心の一言を言う前に、俺は言葉が紡げなくなった。黒髪が俺の頬に少し掠って、優しい花のような匂いがする。 端的に言うと、亘に抱き締められている。 冷静に説明しているが、実際は全く冷静ではない。俺は身を固くしてされるがままになりながら混乱を鎮めようとした。 「………委員長」 「…っ、ああ、どうした?」 「………何でも、ありません」 声が小さくて、元気がなかった。どう考えてもそんなわけないのに、亘は一言で返事を済ませたまま俺を抱きしめ続ける。しばらくして満足したのか、そっと体を離した。俺と向き合った亘はもう既に元通りの笑みを浮かべた。 「…すみません、少し衝動的になっていたみたいです。仕事のことはお気になさらず、大事な用件だったのでしょう?」 「それは、そうだが……」 当然のことをしたまでですので、と亘は微笑むと、身を翻して自分のデスクに向かおうとする。俺は咄嗟に亘の腕を掴んだ。 「亘。何か俺に、言いたいことがあるんじゃないのか?」 微笑む前に亘が一瞬何かを言おうとしていたのを俺は見逃さなかった。先ほどの行動といい、何かあるのは間違いないと確信し俺は亘の目を真っ直ぐ見つめた。 「っ、い、いえ」 「本当か?言っておくが俺はお前が言いたいことを我慢してまで一緒に仕事をして欲しくない。風紀副委員長とはいえ、お前は俺にとっては後輩だ。何かあるのなら俺を頼れ」 もう一押し、漠然とそんな気がして目を逸らそうとする亘にしっかりと目を合わせると、亘は何かを堪えるようにぎゅっ、と手を握った。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2190人が本棚に入れています
本棚に追加