アスター

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No side 「本当か?言っておくが俺はお前が言いたいことを我慢してまで一緒に仕事をして欲しくない。風紀副委員長とはいえ、お前は俺にとっては後輩だ。何かあるのなら俺を頼れ」 ────ああ、また、そうやって。 真っ直ぐに己の目を射抜いてくる龍神に、亘はずきりとした胸の痛みを誤魔化すように目を瞑った。自分のことは鈍感なくせに、他人には妙に鋭い。しかも、自分のこと以上に真剣になる。それは龍神の美徳だろうと亘は思っているが、今はそれが恨めしくさえ思えた。 ────言いたいこと、ありますよ。ずっと昔から。 反射的にそう答えそうになる自分に、自嘲気味な笑みが溢れそうになる。重症だな、と思った。昔は、この後輩という位置にいるだけで良かったのに、今ではその立ち位置が逆風を齎している。この位置にいるから、昨日の出来事も、それ以前の出来事も、うまく聞けずに二の足を踏んでいるのだ。 亘は、西連寺の瞳を思い出していた。龍神の居場所を聞きに来た西連寺。深い決意とその行動力は、亘にはないものだった。去り際、何もできない自分に向けられた同情の籠った視線を受けて、誰かの囁く声が聞こえた。 守っているんじゃなくて、自分が逃げているだけなんじゃないか、と。 心の弱い部分を的確にナイフで抉られたような気がした。本当は、それは亘がずっと前から自覚していたことだったのかもしれない。見て見ぬふりをしていたに過ぎない。 何度も、捨てようと努力した。 例えるなら、そう。身分違いの恋。それも、位違いなどではなく、おとぎ話で言う、それこそ王族と庶民ほどの差があると思っていた。 到底、手が届かないのだと。所有したいという欲など、抱いていい相手ではないのだと。ずっと思い続け、戒めていたのに。 なのに。 誰かのものになるのが、反吐が出そうなほど嫌で。 自分だけが知っている一面を思い浮かべては、優越感に浸る。 少しだけ、そう思う度にそれでは歯止めが効かなくて。 笑みが見れただけで、押さえつけた想いが全てを振り切って爆発しそうになる。 誰かを本気で愛したことがなくてもそれらが何を示すのか、亘にはすぐに分かって、だからいつだって、何度だってこの想いを殺したのに。 殺しても、殺しても、どこからともなく蘇ってしまう。殺すごとに、大きくなって胸を圧迫する。痛くて、痛くてたまらなくなる。 そして同時に、怖くもなる。嫌われたくない、という強い思いが、己の思考、行動、言動の全部を支配するのだ。 だから、亘は龍神に踏み込まない。龍神の内情、それは言うなれば不可侵の領域。傷つけたら、嫌われたら、というその思いが行動を制限する。嫌われるくらいなら、と好奇心を殺す。 側にいられるなら、それでいいと思っていた。 自分は幸せでなくとも、龍神が幸せなら、別にいいのだと。 だが、自分で思っているよりも事態は深刻だったらしい。 自分にとっての不可侵に堂々と入っていける西連寺を見て、真剣な目を向けるその青の双眸を見て。 ただの先輩後輩の関係じゃなく。 委員長と副委員長の関係じゃなく。 今。 今、この時の中で。 幸せを共有し合う関係を、求めてしまいそうになる。 ────あぁ、あの日みたいだ。 亘は目を閉じた瞼の裏に浮かぶ、一年前の情景を見た。
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