アスター

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さて、そんなこんなで降魔に入学した亘には、今更ながら後悔していたことが一つあった。 それは、 「「「きゃぁぁああああ!!!!!」」」 「見て、亘様よ!!」 「本日もなんて麗しい……幸せ…」 「踏まれたい……あわよくば蔑まれたい…」 「抱き潰してぇ…」 この異常なまでの男色である。 ちょっと歩いただけでこの惨状。入学式で男同士の強姦やら不純異性交遊やらについて聞かされた時は耳を疑ったが、こうして実際に生活しているとそれくらい普通にあり得そうだななんて思えてくるのだから不思議だ。最優良校だと思って全寮制だけで判断したが、もっとよく調べればよかったともはや後の祭り的なことを考える。 しかも、『お偉い方々』ばかりと聞いていたので態度の点で目を付けられて面倒事を引き起こさないよう、家で進路選択の最終決定で使った対両親用の仮面をつけて学園で3年間過ごそうとしたら、逆に注目を集め大和撫子などと騒がれるようになってしまった。仮面はあまりにこのナヨナヨした見た目にあっていたようだ、と亘は自嘲気味に思う。 顔が重視されるらしいこの学園で亘は悪いように噂されることは全くなかったが、少しだけ面倒臭いことがあった。 それは、学園内に横行する生徒同士の強姦でよく標的にされることだ。 亘は入学してから二ヶ月経った6月現在までに既に計5回は空き教室に引っ張り込まれたり体育館裏に呼び出されたりしている。いずれも未遂……というか、衣服をずり下ろされるよりも前に、何なら指が触れるよりも前に背負い投げや足掛けをして撃退しているが、ここまで回数が多いと流石に辟易した。その上、自分は反撃が容易なので良いが、他の力のない生徒は一方的にやられているのだと思うと非常に腹立たしく許せなかった。 この日も一日終えて寮に戻ろうとしたところ、3人の先輩に空き教室に連れ込まれたので、とりあえず機会を窺って返り討ちにしようと思った。のだが、なんと今回は亘だけでなく別の男子生徒も既に教室に連れ込まれていて、まさに被害に遭う寸前、といった状況だったのである。 「やっ、やだっ、やめてくださいっ!!」 「おら、動くなよ」 「すぐに気持ちよくなんだからさぁ…っはは、今日は上玉が二人も手に入ったな」 抵抗する生徒を押さえつけながら二人が展開する会話に、亘を押さえつけている3人目が加わる。 「しかも、一人はあの『大和撫子』だぜ……男でここまで綺麗な顔ってのは生徒会長以外に中々いないんじゃね?」 「確かに…でも風紀に入ってる2年の龍神も美人だぜ。俺はああいう強気そうなタイプも…」 「趣味悪っ。あれはまた毛色が違うだろ、外国っぽいし」 顔を覗き込まれ、下卑た視線を向けられる。めんどくせ、と思いながらそれを正面から受け止め、反撃に備えた。あの生徒には申し訳ないがあと少しだけ頑張ってもらうしかない。これまでは最大2人組の強姦だったが今日は3人、あともうちょっと様子を見たかった。 「おい、こいつ一言も喋んねぇぞ」 「びびってんだろ、まだ入りたてのひよっこじゃん」 「ま、俺はそんな新人にも容赦しねぇけどぉ!」 ぎゃはは、最低野郎じゃん、と仲間達が笑い、2人に押さえ付けられている生徒は既にズボンに手をかけられていた。最低野郎が最低野郎に最低って言うとか底辺の争いかよ、と思いながら、そろそろいいか、と亘は思案した。どうやら見たところ武道の心得や武器を持っているわけではなさそうだ。 反撃開始。 手始めに、亘はベルトに手をかけようとする男に高速で足掛けをした。完全な不意打ち。くらった本人はもちろん、小柄な生徒を犯そうとしていた残りの2人も呆気にとられる。 「んなっ!?」 ひとまず足掛けでバランスを崩して転がっている方は放っておいて、今度は呆然としていた2人組まで距離を詰めた。そして抵抗する前に面倒なので2人まとめて背負い投げで強めに地面に叩きつけ、終いには足掛け技から復活した最初の男に絞技をして地面に転がしておく。 「な、なんだよお前、噂と全然ちが…」 とか何とかほざく男に、見下ろす亘は冷笑を一つこぼした。そして、徐に片足を上げる。 ダァアアンッ!!!! 「ひ、ヒィッ!!」 上靴を履いた足が男の股間すれすれに派手な音を立てて突き下ろされ、男は目を剥いて顔面蒼白になった。 「ああ、すみません。少し足が滑ってしまって……」 にっこりしながらそう言うと、足をわざとらしく持ち上げてみせる亘。対照的に、男はガタガタと体を震わせ真っ青になった。 「ふふ……どうしました?入りたてのひよっこにそんなに怯えて」 亘はこれまでの5回の被害では、いずれも未遂だったことと被害者が自分だったということもあり風紀に申し出ることは一切しなかった。その代わりぶちのめした加害者に口止めともう二度と強姦をしないと約束させ、破った場合は社会的制裁を下すと予告し鎮火していた。今回もそのパターンで黙らせようと思案していたが……自分の他に被害に遭っていた生徒がいるとなるとこれはもう流石に風紀に連絡をせざるを得ない。 もう一度、『足が滑った』と称して今度はつま先を股間に掠らせると、ついに男は完全に戦意喪失した。相手のネクタイを解いて拘束に使った後、スマホを取り出す。 まあ、今までの処分は甘すぎてたしな。 そうばっさりと切り捨てることにして亘は風紀に連絡を入れた。3分ほどで来てくれるそうだ。随分優秀だな、と感心する。 「どこか痛いところなどはありませんか?」 気絶した強姦魔どもはとりあえず放置して被害者生徒を助け起こす。彼は震えていたが亘の言葉にこくこくと無言で首を振って答えた。落ち着かない様子で腕をさすっているところを見ると相当トラウマになっているようだ。 「いけません、そんなに擦ると傷ができてしまいます」 やんわりと手を掴んでやめさせ、代わりに亘はポケットから常備しているウェットティッシュを取り出した。 「アルコール不使用なのでかぶれることはないと思います。除菌と抗菌が両立できるのでこれで優しく拭き取ればマシになるかと」 男による男への強姦ということが入学当初は意味が分からなかったがこの生徒を見るとすんなり納得できる。まるで華奢な女の子のように可愛い見た目。この学園にはこういう男子生徒も結構な数存在している。 と、その時。 「風紀委員だっ!!大人しく__って、あ?」 ウェットティッシュを受け取りつっかえながら礼を言った男子生徒を見守っていると、ドアの開く音と怒号のような声が同時に響いた。目を向けると、右腕に風紀委員会の腕章を付けた短髪の生徒が立っていて中の様子に拍子抜けしたような顔をした。 「マジか…強姦事件って聞いてたから間に合うか不安だったのに…」 風紀が到着したな、と亘は俯瞰してその場に留まる。正直に言えば今すぐにでも立ち去りたいが今回ばかりは流石に事情聴取を免れないだろう。 と思っていたらすぐに風紀委員の生徒が亘と被害者生徒を見て、 「通報したのは?」 と聞いた。ほぼ亘の方を見ていたのでおそらくどちらが通報したのか分かっているのだろう。亘は軽く片手を挙げて自分である、と示すと簡単に被害者と加害者を説明。短髪の凛々しい顔つきをした風紀委員は少し難しい表情を浮かべつつもなるほど、と頷いた。 「じゃあとりあえず、まずは加害者どもをしょっぴかないといけねぇな…すまねぇが、俺はこいつらを風紀に連れて行くから、お前は被害者を保健室に送り届けてくれねぇか?風紀は万年人手が足りねぇんだ」 まさかの提案にそれは警備的に問題ではないのかと思うが、亘も断るほど鬼ではない。素直に頷いて被害者生徒を立たせ、連れ添って空き教室を出ることにする。 「あ、送り終わったらお前は風紀室に来てくれ」 出る直前に付け足された命令で事情聴取から逃れられないことを知り、亘はため息を吐きそうになった。
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