アスター

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失礼しました、と頭を下げながら保健室の扉を閉める。閉まる直前に、包容力のかけらもなさそうな保健医が気怠そうに生返事を返すのがかろうじて分かった。 さて、風紀室に生徒を送り届けたので次は風紀室に行かなくてはならない。亘は眉間に皺を寄せつつ、渋々風紀室に足を運ぶことにした。 入学してもうすでに二ヶ月ほど経っているが、風紀室は初めて訪れる。生徒会室とは離れているが同じフロアにあるのだとそれとなく聞いたな、なんて思いながら上階へ向かった。先ほどは廊下に生徒がまばらにいたが、生徒会室と風紀室のあるこの階には生徒の姿はすぐには確認できない。神の如く崇められる美形集団筆頭の生徒会様と秩序を守る清廉潔癖な風紀委員会の本拠地があると聞けば皆遠慮し近寄らないものなのだろうか。 宗教くさ、と内心呟き重厚そうな扉の前に立つ。両開きの、高級感のあるダークトーンの扉だ。上に『風紀室』と札が出ているのでどうやらここが風紀室で間違いないらしい。 しかし入り方がいまいち分からない。とりあえず職員室と同じようにノックして失礼します、とでも言えばいいのだろうか。 と思っていたらガチャ、と亘が開けるよりも先に扉が開いた。 「っつーワケで俺ちゃん帰っから!」 開く前に気がついて後ろに下がったので特に被害はなかった。中から出てきたのは一瞬不良と見まごうほど両耳に大量のピアスをつけた長身の男で、目の覚めるオレンジの髪をしていた。彼は後ろを振り向きながら室内に大声で宣言し、廊下に出る。すると、続け様に閉まり掛けていた扉から別の人物が出てきて去ろうとするオレンジの男を引き留めた。 「いけません朝比奈(あさひな)先輩!!先輩にしか処理できない仕事が机の上にまだあります」 「えー………」 「それに、来週の定例会議で使う資料の作成と先日の親衛隊同士のトラブルに関する調書の処理もやっておくようにと北岡(きたおか)先輩が言っていました」 「あー………」 つらつらと言葉を述べる銀髪の青年にオレンジ髪の男はきまり悪そうに明後日の方向を見て視線を逸らしている。銀髪の青年は息を呑むほどの美形だったが、表情の変化が少ないので長文を述べられると圧倒されてしまうような雰囲気があった。 オレンジ髪の男は降参とでも言いたげに両手を上げた。 「おっけーおっけー、全て理解した」 「ありがとうございます、俺も手伝いますから早めに────」 「つまりこれは全部イッセーに任せればいいと、そういうことっしょ!」 「…何言ってるんですか」 「いやー、持つべきものはやっぱ友達っつーことだよ。うわ俺ちゃん、天才じゃね?」 「朝比奈オメー、よっぽど死にたいみてぇだな」 ドヤ顔をかます男の背後から、突然ドスの効いた低い声が聞こえる。「おわっ!!」と飛び退こうとするオレンジ髪の後ろには、いつの間にか鬼のような形相を浮かべた凛々しい顔つきの男が立っていた。その顔と腕の腕章を見て、亘は先ほどの強姦事件で指示を出した風紀委員だと分かった。 「おいこら、俺が強姦対処してる間に何逃げようとしてんだ、ん?お前が俺に行けっつったくせに自分は俺に全て押し付けて逃げるとか許されると思うなよ……しかも後輩困らせてんじゃねぇとりまいっぺん死ね」 「ガチおこはカルシウム不足……いや何でもないっすさーせんっした!」 「声がちっせー、誠意も足りねぇ、くそチャラい、ついでにウゼェ」 「後半ほぼ悪口っしょ」 ぶーぶーと文句を垂れるオレンジ髪を蹴り風紀室に戻すと、彼は眉を八の字にして銀髪の生徒に向き直る。 「悪りぃな龍神、迷惑だったろ。アイツがまたふざけたこと言ったら遠慮なくお前も雑に扱っていいからな」 「…分かりました」 「ちょっと、イッセー変なことたつみーに教えんな!!!」 「たつみーじゃありません」 途中奥から聞こえてきた抗議に、銀髪の生徒がムッとした表情を浮かべた。初めて表情らしい表情を浮かべたと言えるだろう。その調子だ龍神、と満足そうに頬を緩めた短髪の生徒はそこでやっと、ドアの前に立っていた亘に気がついた。 「お、来てくれたんだな。サンキュ」 「ええ、一応。被害者生徒は怪我もないそうで、保健室で少し休んだ後様子を見て寮に送り届けられるそうです」 「助かった、そうか……また日を改めて話聞かねぇとな」 保健医から聞いたことを伝えると、彼は大きく頷いて考え込んだ。 「来客ですか?」 「ああ、こいつはさっき連絡があった強姦の通報者だ」 「なるほど……ではひとまず室内に入ってもらってお話しされては?お茶は俺が出します」 「ん、そだな…頼むわ龍神」 「はい」 龍神、と呼ばれる銀髪の彼は一つ頷くと風紀室に引っ込んだ。亘は短髪の風紀委員に招かれて室内に入った。 「ん?誰?」 「オメーが俺に押し付けた強姦事件の通報者」 「言い方容赦ねぇ」 項垂れるオレンジ髪の生徒を無視して風紀委員の彼はどかっ、と中央にあったソファに座り込む。勧められたので亘も反対側に腰掛けると、湯呑みの乗ったお盆が運ばれて来て目の前に置かれた。それを合図に、対面の彼が口を開く。 「んじゃ、まずは話聞く前に軽く自己紹介な。俺は三年の北岡(きたおか)壱成(いっせい)、役職は特に無し、いわゆる平風紀だ」 そう言われてまじまじと顔を見る。襟元を刈り上げた短髪に、眦の釣り上がった凛々しい目つき、よく日焼けした肌。精悍な顔つきの男前美形であると言えるだろう。誠実且つ硬派な感じがするので、一見するとネコに好かれそうな雰囲気があるが、身長はこの中の人間では一番低かった。亘は差し出された手を握り返し、自分も名乗った。 「俺は二年の龍神瑚珀だ。一応、風紀副委員長を務めさせてもらっている。よろしく」 北岡がチラリ、と側に立っていた銀髪の麗人に目を向けると、彼は瞬時に意図を汲み取って亘に自己紹介をした。先輩に当たる北岡やオレンジの彼に使っていた敬語が取れて素で接せられると、一気に生真面目そうな印象が強まった。 彼が強姦魔達が話題にしていた人物で間違いない。こちらは日本男児という感じの北岡とは対極にあり、吸い込まれそうな碧眼と煌めく銀髪も相まって神秘的な美形だった。そういえば、入学式の役職紹介で壇上に居たような気がする。 「最後は俺ちゃんか。初めましてっつっても見たことあると思うけど、風紀委員長の朝比奈(あさひな)(あおい)でっす!よろしくねん」 ばちこん、とウインクをして星を飛ばしてきたのは椅子に座ってなにやら書類にペンを走らせていたオレンジ髪の男。本人が言う通り、亘はこの朝比奈という男を入学式で見たことがある。『風紀委員長、挨拶』のところで壇上に上がったこの男は、おおよそ風紀委員とは思えないほどつけたピアスと着崩した制服、そしてチカチカするオレンジ色の派手な髪の毛で新入生達に大きな衝撃を与えていた。そして、その後彼は挨拶で、 「えー、新入生諸君に風紀委員長たる俺ちゃんが言うことは一つ!!ズバリそれは、俺ちゃんの世話になるなってこと。一度でも俺ちゃんと会話するような事態になったら……分かってるよね?」 と軽い脅し文句のようなことを言ったので、新入生達をより一層ざわつかせた。 見た目はピアスと髪だけ見ればまるっきり不良だが、顔つきは大変整った分類だろう。身長も高く抜群のスタイルということもあって、おそらくこの学園でトップクラスの外見だ。 ただ、口調からもダダ漏れなようにそれはそれは軟派そうで、いわゆる残念系イケメンというものだろうと亘は推測した。
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