アスター

7/18
前へ
/200ページ
次へ
「あっ!思い出した!!!」 突然、亘の顔を見て朝比奈が目を見開く。うるせぇ声落とせや、という北岡の注意を無視して嬉々としてこちらを指差した。 「君あれだろ、あの〜……大和撫子!!!一年の!!!」 「人を指差すな幼稚園児かオメーは」 「イッテ!」 それを見た北岡が即座にどこから取り出したのかハリセンで朝比奈の頭を叩く。横目でその様子を見ながら苦笑して、亘は問いに答えた。 「まあ、どうやらそう呼ばれているようですね」 「要注意リストに載ってて美人だったから覚えてたわ」 「は?」 要注意リストだと? 聞き捨てならない一言に思わず動きを止める。品行方正、お淑やかな優等生を演じているこの俺が、要注意リストなんて問題児のようなマークのされ方をしているのか? 「毎年入学者の顔と名前見て強姦の被害に遭いそうな奴こっちで検討つけてんだ。やっぱ顔面が整ってる奴ってのは狙われやすいからな」 「それに私は載っていると……ずっと思ってたのですけど、この学園では生徒の個人情報までも生徒が管理しているんですか?」 怪訝な顔をする亘に北岡は続けて頷く。 「そうなるな。降魔ってのは教師よりも生徒会や風紀みたいな組織入ってる役職持ちの生徒の方が権力がずっと上なんだよ。イベントも運営も基本は生徒主体で回してる」 「だから俺ちゃん達は生徒を取り締まれるし、生徒の個人情報も知れんだよ。風紀ってこう見えて権力あんの」 と、横から口を挟む朝比奈。いつの間にか書類処理で握っていたペンを投げ出しやる気を完全に失っている。 「お前は口より手ェ動かせや……まぁ、一応そういうこった。そろそろ事情聴取してもいいか?」 「ええ、どうぞ」 鷹揚に頷いたその様子を見て北岡は机上にプリント、片手にボールペンをセットし質問を始めた。 「まず改めて所属クラスと名前、それと何か入ってれば役職も言ってくれ」 「一年Sクラス所属の亘庵司と申します。役職はありません」 「ん、OK。じゃあ早速聞くが、あの場にはどういう経緯で居合わせたんだ?」 「……3人の内一人に突然空き教室に引っ張り込まれました。初めはただの強姦かと思ったのですが、中に入ると人数が少し多かったのでどうやら輪姦らしいと。被害者の方は私よりも先に引き込まれていようで、二人がかりで押さえ付けられていたところを目撃しました」 「待て待て待て。お前元々被害者側だったのか?」 「ええ、おそらく私を犯す目的で連れ込まれたのだと思っていました」 「………色々突っ込みたい気もするが一旦スルーするか…それで、被害者見たお前はどうしたんだ?」 「人数が多かったので少々様子を見るべきと判断し何もせずに傍観しました。その結果、武道の心得も武器の所持もないと判断し適当に足を掛けて〆ました」 「『適当』って言葉に大事なこと全部投げんなコラ。あれは素人じゃなかなか倒せねぇ体格してたぞ」 「柔道を少し齧っていたのであながち素人ではありません。武道の原則には反する行為ですが…まあそこは正当防衛ですし、もう柔道は習っていませんので大目に見ていただけるかと」 しれっと言ってのける亘に北岡は思わず目を白黒させた。なんだこの常識そうに見えてとんでもない怪物は。本当に男3人に襲われたのか?と思ってしまうくらい気にしていない鬼強メンタル。一体どこで身につけたのかと思えば柔道……こんなに柔道という競技の似合わない男はいるのか?どっちかっつーと生け花とかやってそうなタイプだぞ。 「生け花は嗜んでおりませんが、茶道部には入っています」 「悪りぃ声に出てたか……」 平然と答えるその態度に若干きまり悪くなったらしい北岡は頭を掻いた。必然的に降りた沈黙に亘は面倒くさいと思いながら、ポーカーフェイスでやり過ごそうとする。 が、それに目ざとく気づく者があった。 「つーか、ぶっちゃけ君、今回が初めてじゃないよな?」 にっこりと笑う朝比奈が唐突に沈黙を壊す。終始にこやかだが目が笑っていない。その腹に一物ありそうな様相に、亘は逡巡した。脳内裁判が開かれ、ここで本当のことを言うか否か考える。 「………ええ、その通りです」 協議の結果、ここで嘘を突き通すと後々面倒だと考えて、諦めた亘は素直に頷いた。3人の反応は三者三様で、満足げに頷く、目を見開く、静かにじっとこちらを窺うの三つだった。 「強姦目的で囲まれるもしくは引き込まれるといったことは今回を含めると既に6回経験していますね」 「わお、モッテモテ〜」 「はぁっ!?6回ぃ!?!?」 驚く北岡に悠然と微笑む。ああこれだから面倒臭い。 「なんで連絡しなかった過去の5回!!!」 「必要性を感じませんでした。今回は私以外に被害者がいて流石に見過ごせなかったので通報しましたが、過去5回は全て標的が私一人でしたので十分対処できると判断しました」 「本音は?」 「面倒臭かったからですね」 朝比奈の合いの手に即答すると、彼は気分を害すどころか愉快そうに頬を緩めた。そして何を思ったかうんうん、と数回頷く。 「いいね、そういうの俺ちゃん嫌いじゃないぜ」 「いや呑気に頷いてる場合か?おい、力の過信は危ねぇぞ。ちょっと柔道齧ったくらいで…」 「そこまでヤワではないかと。柔道は中学3年まで習っていましたので感覚はそこまで消えていません。一応全国経験者ですし」 言外に弱いと言われカチンときたのでしれっと言ってのけると、えっ!?と北岡だけでなく朝比奈まで驚く。それまで静観していた龍神が呆れたように朝比奈を見た。 「朝比奈先輩、入学者資料を見た時彼の詳細確認して言ってましたよ、彼が柔道経験者の強者だと」 「マジ?言ったっけ??顔しか覚えてねぇわ」 てへ、と星を飛ばす朝比奈に二度目のハリセンが打ち込まれた。まだ二度目なのに慣れつつあるこの状況に亘は遠い目をする。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2189人が本棚に入れています
本棚に追加