アスター

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「それでお前自身は怪我ねぇのか?」 「ええ、私は未遂しか体験しておりませんので。少々脅しのようなことはしましたし」 「……脅しって具体的には?」 「股間スレスレに踵落とし、でしょうか」 続く質問に正直に回答すると視界の端で朝比奈が高らかに口笛を吹き、北岡はやや引き気味に座り直した。心なしか青ざめているように見える。 「…こりゃとんだバケモンだな」 「ポ○モン?」 「耳鼻科行ってこい。ついでに脳神外科」 「イッセー俺ちゃんへの当たりが強すぎっべ」 その抗議を華麗にスルーして、北岡は調書と睨めっこした。ウンウンと亘へ交互に視線を彷徨わせながら唸った。 「……突っ込みが追いつかねぇほど言いたいことはあるんだが……でも今回は珍しくどっちもまだ最悪の事態は避けられたわけだし……はー、分かった。被害者もほぼ無傷だし、これで事情聴取は終わり。こっちも助けてくれて助かったのも確かだ」 「はい」 やっと念願の帰還だ、と亘は北岡の言葉を聞いて腰を上げようとした。ところが北岡はそれを阻止するように言葉を重ねる。 「だが!!次からは事後報告なしだ!いくら有段者っつってもこの学園では武器の所持も結構な確率で横行してんだ、一人で対処すんな!なんかあってからじゃ俺らがいる意味ねぇだろ」 「………分かりました。覚えておきます」 まぁもう面識ができてしまった以上面倒臭いとか言っていられないということは分かっていたので渋々返事をする。北岡はそんな亘の様子を少し疑っていたが、結局室外へ送る素振りを見せた。 ようやくこの長い長い面談が終わった。そう思うと気が楽になって気分が良い。早く帰って自室でゆっくりしたかった。 「あ、待ってまだ帰んないで」 のに、立ち上がったら朝比奈に呼び止められて亘は内心うんざりした。額に青筋を浮かべながら振り返る。 「何でしょうか?」 ああん? という意味を込めて朝比奈を見ると、彼はにこにこと人好きのする笑みを浮かべながら亘を見返した。その胡散臭い顔に亘は嫌な予感がして思わず後退りしそうになる。 何か、とても面倒臭いことになりそうな気がする。 亘の中の直感が警鐘を鳴らした。朝比奈はそんな警戒心丸出しの亘に向けて笑みを保持したまま爆弾を落とした。 「君さ、副委員長にするわ」 「「「……は?」」」 まさかの発言に、亘以外の2人も同じ反応をした。そんな3人を楽しそうに眺めた渦中の人物は、手に持ったボールペンをくるくると回す。 「いやー、こんないい人材いないしピッタリっしょ?さっきから見てたけど俺ちゃん気に入っちゃった」 に、とつり目が緩やかな弧を描く。北岡が食ってかかった。 「はぁあああ?なに言ってんだこの馬鹿!!ほぼ初対面でなにが分かるってんだよ」 こればかりは亘も同意見だった。ほぼというか、今日が全くの初対面である。 しかし朝比奈は気にした様子はなく、まったりと椅子の背もたれに寄りかかった。 「まぁまぁイッセー、そんな怒んなって〜……初対面って普通、緊張とかするし、相手の機嫌取ろうと繕ったりするじゃん?本性は隠して相手にいいとこ見せようとするのが普通。でも、こいつ全然そんなことないし、ここにいんのは全員自分より地位高い先輩なのに堂々としてたしさ」 亘は少し首を傾げた。自分は敬語を使っていたはずだが、そんなに強気に見えたのだろうか。 亘の考えが読めたのか朝比奈はくつくつと笑う。 「確かに敬語使ってたけど、めんどくせ〜って思ってんの結構分かりやすかったよ?会話早く終わらせようとしてたし、何回も時計見てたっしょ」 だって面倒臭かったしな事実。と、子供のような言い訳をすると同時に、この男が意外と自分を観察していたことに少し驚いた。ちゃらんぽらんなのかと思っていたが案外、風紀委員長という地位にいるだけあるのかもしれない。 「俺ちゃんはそういう素直な人材求めてるわけ。俺ちゃんも早く引退したいし、たつみーを委員長にするのは決めてたけど副委員長がなかなかいなくてさぁ。その座に相応しいのはやっぱ、物怖じしないっつーの?まぁチキンじゃない奴なの」 ぴ、と人差し指を天井に向けながら朝比奈が口角を上げる。視界の端で北岡が、チキンとかワードセンス終わってんな、と呟いたが、気にせず朝比奈は続けた。 「しかも君、外部生じゃん?」 「はぁ………」 だから何だというのか。 「風紀って、外部生が多いんだよ。内部生はこの学園の同性愛風潮に慣れてるから、あんまり強姦とか聞いてもそこまでおかしいって思わないんだよなぁ。だから風紀にはなかなか入ってくれないし、逆に外部生はそういうのに慣れてないからしっかり取り締まってくれるってわけ」 今まで知らなかった裏事情を初めて知り、亘は今度は目を見開いた。 確かに強姦は生徒間では恐れられてはいるが、そこまで燃えたぎる怒りというか、そういう確固たる志を持った生徒には会わなかったな、と今更ながら思い返す。 ということは、 「では、今風紀委員会に所属している方は皆さん外部生なのですか?」 「んや、内部生もいるよ?俺とか。イッセーとたつみーは外部生だけど」 でも前風紀委員長は外部生だったし、歴代風紀OBは結構外部生率高い代も多かったらしいよ、と朝比奈はあっけらかんとして話す。 朝比奈が内部生ということは何となくすんなり納得できた。むしろ外部でこれだけ個性的な人格が生成されていたらそれはそれで恐怖である。 そんな失礼な感想を抱いていると、朝比奈はぐいっと持たれていた椅子から身を起こして机に両肘をついた。 「で、アンサーは?どう?」 「拒否します」 「まぁ拒否権とかないけど」 「は??」 なんだその横暴は。 即断ったら、朝比奈がにっこりしながら一蹴した。あまりの暴挙に思わずほとんど素のトーンで呆然としていると、彼は立ち上がって亘に紙を差し出てきた。無意識に受け取って読む。 「『風紀委員会入会届』……は?何ですかこれ」 こいつ人の話聞いてたか?という気持ちが半分、今すぐ帰りたい気持ちが半分。亘は書類を破りそうになる衝動を抑え、かろうじて笑顔を保った。 「まぁ、流石にいきなり副委員長は断られるかなって思ってさ、俺ちゃんもそれくらいは予想してたわけよ。だからまぁ、まずお試しっつーか?とりま風紀入ってみて、引き継ぎまでに決めてくれーみたいな?」 それはお試しじゃなくてもう入会じゃねぇか!!!! という心の叫びが爆発しそうになった。そんな横暴が許されてたまるか。 俺ちゃんってばやっぱ天才じゃね?なんてほざく目の前の男が先輩であるとかそういうのを無視してぶん殴りたくなった。 「お前にしちゃ考えてたんだな…まぁ俺としちゃあ入ってくれるっつーなら人手増えて助かるから別に構わねぇけど…」 どこをどう考えてると!?!? なんと常識人そうな北岡までそんなことを言い始めるので、亘はもう自我を抑えるので必死だった。風紀なんて絶対に入りたくない。確かに強姦は許せないことだが、それと自分の生活、これを天秤に掛けた場合話はまた別のことである。まず亘にメリットがないし、まして副委員長など言語道断。論外である。 しかし朝比奈はそんな亘の言葉など全く耳を傾けない。それどころか、「風紀委員長からの指名とかスカウトって基本的に断れないんだよね⭐︎」とノリノリで答えて亘にボールペンを握らせた。 「ってなわけで名前書いてねん」 最後の綱とばかりに龍神に視線をやると、彼は亘の視線に気がつき少し申し訳なさそうな空気を無表情のまま醸し出した。 「……すまない、こうなった先輩は俺にもどうしようもない。本当に嫌なら俺から副委員長の件は何とかするから、その、できれば風紀に入ってくれると嬉しい」 しゅんとした雰囲気でお願いされれば、もはや亘には拒否権はなかった。 ここには人権というものの概念が存在しないのか??? 「よっしゃ、人材ゲットぉ!!これからよろしくアンちゃん!」 サインした書類は一瞬で朝比奈によって処理され、彼は書類を掲げながらハイテンション。 一方亘は急激にテンションが下降し、朝比奈に変なあだ名までつけられた際には死んだ魚同然の目をしていた。思ってはいけないのだが、正直強姦被害から生徒を助けたことも後悔していたしあの時なぜ自分は風紀に通報してしまったのかと悔恨しか無かった。 「………ところで、風紀委員って何人いるんですか?」 「え?言ってなかったっけか。3人」 「………………は???」 「だから、3人。ここにいるみんなで全部。あ、アンちゃん入れたら4人じゃね?」 この学園滅べばいいのに、とこの時ばかりは本気で思った亘であった。
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