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副委員長の件は保留、という条件で亘が風紀委員会に入って数日。
仕事は入会の翌日に叩き込み全て覚えた。もう割り切ってしまえばやることは早かった。最近では書類処理もごくスムーズである。
強姦被害の対処はまだ一人では許可が降りていないが。
朝比奈は気にしていなさそうだったが、流石に新人に一人に強姦事件は任せられんと北岡が主張したのだ。だから、基本的に通報を受けた時は龍神か北岡のどちらかが亘を伴って赴く、というシステムが確立されている。
「通ほーう、東棟3階319教室」
書類整理をしていると、通報を受けカメラを見ていた朝比奈がデスクからこちらに間延びした声で知らせた。同じく書類を整理していた龍神がすぐに顔を上げて朝比奈の方を向く。
「強姦ですか?」
「んーと、親衛隊による制裁だってさ」
たつみーとアンちゃん、行ける?と朝比奈が気怠げにこちらを見た。普段ならお前が行け、という趣旨のことを言うのだが、朝比奈がここ数日遅くまで残って仕事をしていたことを亘は知っていた。最近は親衛隊の動きが活発らしくさすがの朝比奈とて残って仕事をせざるを得ない状況だったのだ。
龍神がちらりと亘を見る。亘がそれに頷くと、龍神はパッと朝比奈の方を向いて了承した。いつもは朝比奈に喝を入れるであろう北岡は、野球部部長という肩書きも持ち合わせているため今日は不在だ。そのせいか、センキューという礼はどこか疲れたような声音で背中に掛けられた。
「急ごう」
「はい」
風紀室を出るなり龍神がそう言って亘に促す。緊急時なこともあり、二人は廊下を走って東棟に向かった。
走りながら亘はそっと隣を盗み見た。鈴の音を立てそうなほど美しい銀髪を靡かせ、整った顔面は全く表情を変える気配がない。
─────正直、この人が一番苦手だ。
朝比奈は見た目がチャラ男だが、基本的にはフレンドリーだ。声のトーンや顔に感情を出しやすいので読み取るのも比較的容易。
北岡の場合は更に分かりやすい。口は悪いが思っていることが素直に顔に出るので、おそらく本人の元々の気質が実直なのだろう。
ところが、龍神だけは違う。
彼は感情をあまり表に出さない。偶に困ったりすると若干表情に出たり何となく雰囲気に表れたりするのだが、大体は無である。
最初は機械かと思うくらいだったので、後から彼が生徒達の間で『絶氷の絶対君主』と呼ばれていることを聞いて納得してしまった。「絶」なんて最上級の表現が2回も使われているのが大げさに思えるかもしれないが、この頃の龍神はその称号に違和感を覚えないくらいに無表情だったのだ。亘には彼が何を考えているのかほぼ分からなかった。
おまけに相手は、龍神家という国内有数の権力を持つ名家の一人息子だ。龍神からは良いとこのお坊ちゃんという感じは全然ないが、それでも亘からすれば十分上流階級という認識がピッタリだった。
故に、この一つ上の先輩に対して若干の苦手意識を持っていた。嫌いとかそういうのではなく、今まで出会ったことのないタイプなためどう接したらいいのか分からなかったのである。
しかしそんなことは口が裂けても言えないので、気まずさは我慢するしかない。亘とて猫かぶりはお手の物、顔に出すことは一切しなかった。
「着いたな」
龍神の一言で我に返る。
319教室に到着していた。
「────た、本当に──」
「──んな────い」
微かに会話のようなものが聞こえ、龍神が無言で戸にそっと近づいた。亘も静かに耳を敧ててみる。会話内容までは聞こえないが、声の種類は複数あったので少なくとも5人はいるだろう。
亘が眉を顰めると、龍神が目で軽く制した。何気なく目を向けると綺麗な顔が目の前にあって、もう少し様子を見よう、と小声で囁く。吐息混じりのそれは、いつもの無表情だったにも拘らず何故か色気があるように見えて堪らず亘は目線を逸らした。
やはり苦手だ、と条件反射で火照りそうになる顔を鎮める。時々こういうことになるのも亘が龍神を苦手と思う要因だ。
そんな亘を気にすることなく、龍神は戸の向こうの声に集中している。余裕そうに見えて腹が立つが、それは一旦捨てて仕事に専念した。
「──と───よ!!」
「────めて──」
室内から聞こえる会話はやがて叫びになり悲鳴が混じるようになっていた。立て続けにドカドカという鈍い音が聞こえ始めると龍神は短く息を吐いて亘に小声で、
「入ろう」
と一言発した。そして亘が頷くや否や引き戸を勢いよく開け、大きな声で身分を明かす。
「全員動くな、風紀委員だ!!」
部下なのでその後に続いて教室に入ると、ようやく中の様子が見えた。中にいたのは6人、状況から見るに加害者4対被害者2の構図だろう。チワワと呼ばれる可愛い顔立ちの男子達4人が加害者、良くも悪くも平凡と呼ばれる顔立ちの生徒が2人。
話を聞いたところ、通報したのは平凡顔の生徒その2で、彼はもともと制裁の目撃者だったのだが、平凡顔その1が制裁を受けているこの教室に忘れ物をとりに来る過程で居合わせ止めに入ったところまとめて殴られてしまったそうだ。
4人は2年のとある人気生徒の親衛隊で、平凡顔その1はその人気生徒をデートに誘ったとかで親衛隊のヘイトを買ったということらしい。
4人は龍神と亘を見ると抵抗はせず、きちんと罪を認めて項垂れていた。龍神は軽く調書を取ると、亘に加害者4人を少し任せて平凡顔2人に近づく。
「立てるか?」
「ひゃあっ!!」
「わわっ!!」
聞きながら殴られたと思わしき口元の傷や目元の痣を見る。2人はいきなりの整った顔面どアップに仰け反り顔を真っ赤にしてこくこくと首を縦に振った。亘は龍神に頼まれてその2人を保健室に送ろうとしたが、当人達に断られたため後日風紀室に来るよう言っておいて、龍神と加害者を風紀室に連行した。
その間、もちろん無言。相変わらず距離感が掴めず、亘はより一層苦手意識が高まるのを感じた。
「────ではこれで聴取は終わりだ。このようなことはもう二度としないように」
「「「……はい、申し訳ありませんでした!!」」」
別室にてしっかり話と説教をした後、龍神と亘はすっかり反省した親衛隊員4人を見送った。意気消沈したチワワ達が廊下を去ると、後にはまたしても水を打った沈黙が降りる。
「………戻りましょう」
「……そうだな」
あまりの気まずさに堪らず声を上げ、早々に風紀室に帰ることにした。このまま龍神と二人っきりで過ごすよりは、朝比奈の傍若無人さに振り回される方がいくらかマシだ。
スタスタと歩いて、風紀室の扉の前につく。亘はドアハンドルに手を掛けいつものように開けた。
「ははっ、アイスってほんと可哀想だなー。勉強ばっかで人の心忘れちまったのかなー?」
「黙れ、アイスじゃない愛洲だこの歩くみかん。人の心はおろか常識も持ち合わせていない貴様に言われたくない」
「アイスも愛洲も発音同じじゃん?馬鹿かよ?」
「貴様の発音は汚過ぎて食べ物のアイスとしか聞こえない。邪な念が透けて見えて吐き気がする」
「単なる被害妄想じゃんか、笑える」
「………貴様の息の根を止めてやろうか」
「はっ、やってみろよアイスちゃん」
バタンっ。
亘は速攻で扉を閉めた。
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