2226人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………………」
何も見ていない。きっとそうだ。幻覚に違いない。
オレンジ髪と眼鏡で黒髪マッシュの喧嘩なんて見てない見てない。
「……亘、今、」
しかし、後ろにいた龍神にもはっきりと見えたらしく、若干諦観した様子で亘に声を掛けてきた。どうやら見て見ぬフリをするわけにはいかないらしい。
亘は龍神と顔を見合わせてため息を吐く。仕方なくそっと扉を開け直した。
「てかアイス、アイスの癖に好きな食べ物ワカメらしいじゃん?そこはアイスにしとかないと空気読めない子だと思われちまうぜ?」
「は?それをなぜ貴様が知っている。ストーカーか?純粋に寒気がする」
「オマエの親衛隊が言ってたの聞いたんですぅー。そんな可能性も思いつかないなんて勉強だけが取り柄なのについに頭も弱くなっちったのかな?ん?好きな食べ物ワカメなだけあって本当の姿はマナティなのかな?」
「貴様こそその図体で好きな食べ物がいちごなどとほざいているそうだな?北岡から聞いたぞ。みかんならまだしも…世界一いちごが似合わない男だな」
「はああああ?俺がいちご好きで何が問題ってんだ?いちごはビタミンCたっぷりでカルシウムも含む美肌効果絶大な偉大な果実なんだよ!!アイスのワカメなんかとは訳がちげぇの。レベチだよレベチ……つかイッセーこいつに何漏らしてんの」
「その理論だと俺がワカメが好きだろうと何の問題もないはずだが?というか貴様こそ何を言っている?ワカメはアルギン酸を多く含みミネラルも豊富、何よりヨウ素によって髪や肌に潤いを与えてくれるだけでなく胎児や乳児の成長を助ける優秀で秀抜な食材だ。いちごよりよほど理にかなっているだろう」
「はっ、あんなん髪の将来が不安な人が食うもんじゃん。あ、そっかそっか、生徒かいちょーサマはもう既に毛根が……ご気付かなくてごめんちゃい⭐︎」
「き、きっさま……口ばかり達者になりやがって…いちごオレの飲み過ぎで2型糖尿病になってしまえ」
「アイスなんか禿げちまえばいいんだよ」
こいつら一体何で喧嘩してるんだよ。
とツッコミそうになる内容の喧嘩の応酬が亘と龍神に飛んできた。そのバカみたいな内容にいっそ涙さえ出そうである。
まず、とてもウザい顔で煽り口調なのが朝比奈。一人称もいつもの軽薄さダダ漏れの『俺ちゃん』ではなくただの『俺』になっており、二人称はオマエに変化していた。
風紀メンバーだけでいる時は見たことが無いほど目が笑っていないが、しかし吹っ掛ける喧嘩内容が内容なので何だか相手をいじって楽しんでいるように見えなくもない。とにかく第三者から見てもウザいのは満場一致で決定だろう。
そしてその朝比奈に見事に乗せられて今にも怒髪天に達しそうなのは黒髪マッシュに眼鏡をかけた美男で、彼は現生徒会長の愛洲学杜だ。典型的な真面目で硬派な美男子といった風情だが、その切れ長の目をこれでもかと吊り上げ思いっきり顔を歪めているあたり、よほど朝比奈を嫌っていることが分かる。
「先輩方、少しお静かに」
龍神が二人の間に入り両方を仲裁した。互いにヒートアップしていた朝比奈と愛洲は同時に低い声を出して睨もうとしたが、相手が龍神と知ると少し冷静になったようだった。
「あ、なんだたつみーか、ごめんね」
「ああ……龍神か」
実は、このようなことはこれが初めてではない。
第94期生徒会長愛洲学杜と第94期風紀委員長朝比奈蒼は、互いが互いを不倶戴天の敵と思っているほど生徒の間では有名な犬猿の仲である。
亘も最初は二人が喧嘩しているところに遭遇してかなり驚いたが、今ではこれはほぼ日常と化している。愛洲が書類提出で訪れたら最後、必ずと言っていいほどこのくだらない口論が始まるのである。またある時は掴み合いに発展したこともあった。
最初のコメントを投稿しよう!