蠱惑『西瓜』

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「ご隠居さん、これじゃ土いじりは駄目だ。明日晴れたら出直します」  親方が小走りで庭から出て行きました。雨はさらに強くなりまだ昼間なのに真っ暗になりました。母が不安そうに縁側に出てきました。 「あんた」  母は西瓜に跨りました。 「母さん何をするんだ」  私は母を抱え上げました。振り返る母は卒寿の母に戻っていました。スイカが転がり縁側から下に落ちました。雨水の通り道を辿って双葉が出たところで止まりました。母は蔓を手繰り縁側から蛇のように西瓜を目指します。白い割烹着は泥だらけになり蔓を引くごとに西瓜に向けて近付いています。 「母さん」  私は母の足を引っ張りました。しかし蔓が母の腕に絡みついて私の力では引き寄せることが出来ません。母が西瓜に手が届くところまで進みました。 「あんたが雅子を好いたから悪いんだよ」  そう言って職人がバケツに入れて置いた道具の中から煉瓦鏝を取り出して西瓜に刺したのです。真っ赤な西瓜の果汁は血しぶきのように吹き上りました。泥だらけの割烹着が朱に染まりました。二度三度と煉瓦鏝で突き刺しました。そして母は蔓を渾身の力で引き抜きました、するとあばら骨の中に根が張っていました。 「母さん、母さん」  母は息を引き取りました。  私は翌日になって 交番に電話しました。あんなむごたらしい母の姿を他人に見せたくありませんでした。風呂に入れ、丁寧に身体を洗い拭き取りました。髪を洗い愛用のつげの櫛で梳きました。母のように上手く出来ませんが髪を頭の上で丸めました。敷布を取替えて母を寝かせました。そば殻の枕に首を載せました。口紅を注すと生きているようです。  
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