蠱惑『西瓜』

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 母は笑っていてその場から動きません。私は縁側に上り母の脇を持ち上げて立たせました。車椅子を使用するほどではありませんが介助しないと歩行が困難になってきました。古い家ですがもう直すことは考えていません。私が死ねば終わりです。借金があるわけではありませんが売れば幾らかにはなる土地です。母が元気なうちに売り払いアパートでも探そうと考えていますが、この縁側がなくなれば一日の大半をここで過ごす母が可愛そうでもあります。座布団から半分尻を落とし膝を崩す体勢でよくもまあずっと飽きもせず庭を見つめていられると不思議ですが微笑んでいるのだから楽しいに違いありません。  梅雨入りしました。庭の双葉は順調に成長し蔓になりました。 「お母さん、随分と伸びたね、残して良かったね」 「ああ、ありがたい」 「花が咲いたら嬉しいね」 「ああそうかい」  会話が通じないからつまらない。しかしこれだけずれていれば逆に楽しくなります。私も母以外に話す相手はいません。近所付き合いもほとんどありません。会った時の挨拶だけでやっとつながっている近所関係です。  「こんにちは」  玄関を開けると警官が立っていました。近くの交番勤務の人です。 「定期的な巡回です。お変わりはありませんか?」  若い警官は笑顔が取柄と言わんばかりです。 「ええ、特に変わったことはありません」 「そうですか、お母様は元気でおられますか。昨年の暮れに来た時には風邪をひかれていましたが治りましたか?」  半年前の風邪が治らなければ死んでいますと言いたいがからかってもしょうがない。この若い警官は母親の姿を一目確認したいようだ。 「ちょっと待ってくださいね」  私は母を介助して玄関まで連れて行きました。
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