蠱惑『西瓜』

4/13
前へ
/13ページ
次へ
 やはり西瓜でした。私は西瓜の下に蓆を敷きました。蔓の先を母が座る縁側に向けています。もうじき母が蔓の先に手を当てることが出来るでしょう。私は毎日西瓜のことばかり考えています。虫がたかりはしないか、裏の竹藪から猪が出て来て食べられやしないか心配で眠れなくなりました。私は蔓を引っ張り、西瓜を縁側に上げてしまうことを考えました。しかしまだ届きません、これ以上引っ張れば根が抜けて来そうな気がしました。  そう言えば西瓜の目が出た辺りは子供の頃に父親が西瓜をしゃぶり種を吹き飛ばしていた辺りです。まさか半世紀も前に消えた父が吐いた種が芽を出すこともないでしょうが「ぷぷぷっ」と吐き出す仕草が母には汚いものに感じていたようです。「汚ったない」と母が小声で言ったのを想い出しました。 「母さん、ほら西瓜を縁側に入れたよ。やっと蔓が伸びてくれた」  母は喜んではくれませんでした。汚いものを見るように西瓜を見つめています。 「母さんも西瓜が好きじゃないか、私が子供の頃、この縁側で三人で食べたじゃないか」  聞こえないと知りながら父のことを話しました。私は20センチほどになった西瓜を手拭いで磨きました。 「ほらツルツルになったよ母さん」 「汚ったない」  母がそう言ったように聞こえました。 「なんだって?」 「そうかい、ありがたいね」  私が訊き返すといつものとぼけ返事で笑っています。  隣の大家が訪ねて来たのは梅雨の晴れ間で暑い日でした。  
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加