蠱惑『西瓜』

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「市から言われてね、境界の柵を直すことにしました。表の小学校側のブロックが倒れそうで危ないと注意されましてね。お宅からお願いされたのを想い出しました、この際だからぐるっと一回り全部直すことにしました。市の土地と絡んでいる所がありましてね、その部分は市で金を出すからなんとかしてくれって助役から頭を下げられましてね。それで明日から工事の人が出入りするのでそれを知らせに来ました」  大家の禿げ上がった頭のてっぺんに藪蚊が止まりました。 「こんちきしょう」   大家は蚊の存在に気付いてタオルで頭を叩きました。 「ちきしょう、吸いやがった。それじゃ宜しくお願いしましたよ。おばあさん元気そうだね」  裏の大家は母に愛想を言って帰って行きました。 「誰だい、あの人は?」 「裏の大家さんだよ、ブロックを直すんだって、明日から職人さんが出入りするからその案内に来たの。裏の大家さん忘れちゃったの母さん?」 「ああ、ありがたいね」  母の口癖が一致する時があります。そんな時は可笑しくてしばらく笑ってしまいます。  大雨の日です、蔓を伸ばし縁側に西瓜を上げました。叩くとパンパンと実の詰まった音がします。 「ほら母さん、もうじき食べられるよ。そうだ明日から隣の大家さんが頼んだ職人さんが来るから冷やして三時に出して上げよう」 「ああ、ありがたいね」  母は笑って西瓜を擦っています。しかしこんな大きな実がなるとは考えていませんでした。養分が多い土質のせいでしょうか。商店に並ぶ熊本産と変わりません。 「甘ければいいけどね」  母は頷いています。    
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