蠱惑『西瓜』

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 翌朝台所から味噌汁の匂いがしてきました。まさか姪が来ているのではと起き上がり台所に行くとやはり白い割烹着を着た姪が立っていました。 「沙耶ちゃん、こんなに早く大丈夫なの?姉さんが心配しやしないかい?」  私が姪の背に声を掛けるとくすくすと笑い声がしました。私は姪が振り返るのを待ちました。しかし一向に振り返りはせず、調理を続けています。覗き込むのも失礼と縁側に行くと既に母は座っていました。 「沙耶ちゃんが来てくれて朝食の支度をしてくれているよ」 「父さんが朝から来るんだよ」  今日も母がおかしなことを言いました。 「そんな馬鹿なことないでしょ、父さんは五十年以上も前に女と蒸発したんでしょ」  私は常に母に気遣い、辛い話は避けるようにしていますが二日続けての母の言葉に苛ついていしまいました。母も私の言葉にむっとした様子でした。 「お前なんかにゃ分からないよ」  父が蒸発したばかりの頃、私が「お父さんは?」と訊いた時に必ず帰って来る返事でした。 「母さん、西瓜を見てから少し変わったよ。若返ったような気もするし言葉も昔のように乱暴になった。いつもの母さんじゃないような気がする」 「そうかい、そりゃありがたいね」  そう言って西瓜を撫で始めました。  翌日は晴れました。私は姉宅を訪ねました。毎日来て食の支度をしてくれる姪に礼を言うつもりでした。 「どうしたんだい、連絡もせずに来てさ、母さんに何かあったのかい?」  姉は小料理屋を経営しています。朝から料理の仕込みをしています。京風の店でおばんざいを大きな鉢に入れ、客に取り分けて出す。その料理の最中でした。姉は若い頃の母に喋り方がそっくりで相手の目を見ずにつっけんどんに話すのです。
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