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姪の沙耶は来ていないと姉が断言しました。それじゃ母の割烹着を着てまな板を叩いていたのは誰なのでしょう。近所付き合いなどほとんどないうちですからご近所の女将さんではないでしょう。私は姉宅からこの不思議を考えながら帰宅しました。台所には誰もいません。縁側に回ると割烹着の女がいました。「あうあう」と呻いているようです。感付かれないようそっと近付きました。
「あんた、ごめんよ、雅子のことをあんなに可愛がるからさ、やきもちを妬いたんだよ。ごめんよ、ああ、いいよう、気持ちいいよう」
声はまさしく母のものです。しかし若過ぎる。そして西瓜を跨いで座っているのでした。私は恐くて声を掛けることが出来ませんでした。自分を落ち着かせるために酒を二杯煽り、煙草を吸いました。夕暮れになるのを待っていました。そして縁側に向かいました。
「母さん、母さん、どこかな?」
私がいることを気付いてもらうために大きな声で連呼しました。
「母さん、母さん」
縁側に行くといつものように母が座布団から膝を落とした姿勢で庭を見ていました。西瓜を手毬のように擦りながら笑っているように見えました。
「母さん、どうかしたの?」
「ああ、ありがたいね」
私はさっきみた不思議な光景を訊ねようかどうか迷いました。
「留守中に誰か来ていたの?なんか縁側から声が聞こえたから。私の錯覚かな」
「父さんが帰って来たんだよ」
母はそう言って西瓜を半周転がしました。これは錯覚ではありませんでした。確かに母が口にしたのです。
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